ニートにハーブティーは要らない

ニートじゃなくてすみません

サンボマスターの間奏の語り部分、カラオケで恥ずかしすぎる問題

嗚呼、サンボマスター

 

サンボマスターしか聴きたくない日って、年に数回確実にありますよね。サンボマスター聴いてるときは謎の放課後感というかわくわく感があって、その感覚をむさぼりたくなる日というのが定期的に訪れる。

 

青春狂騒曲

青春狂騒曲

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普段はサンボマスターのこと忘れてるんだけど、気分が乗らないときにふいに「あ、サンボマスター聴けばいいじゃん」と思いついたときの高揚感はすごい。「これが聴きたかったんだよ!」と膝を打つ感じ。普段はニッチな音楽ばかり聴いている輩にも、サンボマスターは語りかける。熱いメッセージ、スリーピースなのにエグい音の厚み、ほとばしる山さんの汗、曇るメガネ。

 

そしてまた、カラオケでネタが尽きたときにもふいにサンボマスターは降臨するのである。だれ気味な二時間経過後のカラオケルーム、誰かが

 

サンボマスター歌おうぜえ」

 

と言うと一気にボルテージは急上昇。「いいね」の大合唱のもと、熱いイントロが流れ出し、誰からともなく歌いだす。超気持ちよさそうに。

サンボマスターを歌うのは気持ちいいのである。

 

 https://twitter.com/arufa_faru/status/894164127328776193

 

大根なんかおろさなくても超気持ちいいのである。

 

夜道でチャリを漕ぎながら、風呂場でシャワーを浴びながら、全国民の何割がサンボマスターを熱唱しただろうか。ラブ&ピース!ラブ&ピース!

 

でも、我々は気づいていなかった。ひとりでそうして気持ちよく歌っているときは、「語り」の部分を無意識に排除していることに…。ついでにいえばレッツゲナカモンワンスァ!!とかも無視している。

 

家で鼻歌でサンボマスターを歌うときに、

 

「子供の頃思った夢は僕は結局何も叶いませんでした。
だからなんだって言うんですか?
ボクにはソウルミュージックという音楽があって、
ロックンロールという音楽があって、
だから君を、愛しき日々を
そういうことなんですよボクは!それだけの☆◆◎△×!! 」

 

とか

 

「僕らが、僕らが新しい日々を思うときに
僕らはどうしても愛という言葉を使ってしまうわけですよ。
心の声とあなたの憎しみと、裏切りを愛と言いたいわけですよ。」

 

とかひとりでブツブツ歌っている変態(褒めてる)はなかなかいないだろう。

 

無意識に避けてきたこの語りの部分は、カラオケのときになって牙を剥いてくる。

 

さっきまで超気持ちよさそうに歌ってたひとも、語り部分になると急にもごもごしてしまい何とも言えない恥の空気がその場を支配する。そうなると最後のサビでも、ペースを取り戻せず消化不良のまま終わってしまう。

 

これの最たる例は『光のロック』である。語りとは少し違うかもしれないが、最大の関門がこの曲にはある。

 

今から僕は歌うから かじかんだ心は溶かしてよ

真っ黒な震える夜は ぬぐい去ってく

僕等の夜は汚れたら 誰の事も信じられないの

欲望はこの静寂を 破りだして行く

 

ずっとこんなんだったら競い合って歌いたい。誰だって歌いたい。

 

しかし、

 

少年少女!!

青春爆走!!

うぁぁぁぁぁああああああああああ↑ ↑ ↑ ↑

 

ぎびのことだげかんがえざぜでおぐ

 

の部分になると途端に引き潮となる一同。あいまいに微笑みあう気まずいひととき。

とてもしらふではやり過ごせない、この空気。

 

カラオケでの円滑なコミュニケーションを阻害する、この「サンボマスターの間奏の語り部分、カラオケで恥ずかしすぎる問題」、もっと議論されるべきである。