ニートにハーブティーは要らない

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シティポップと都市の関係 はっぴいえんどからSuchmosへ

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 先日小沢健二好きの人がコメントをくれたので、なんとなく音楽方面の記事をアップしたくなりました。ということで、結構前に書いたシティポップ考を載せます。なかなか情報が古いうえ、愉快な感じの文章ではないですが我慢してお読みください。

 

ネット世代のレア・グルーヴ、「シティポップ」ブーム

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i-pod i-phoneから流れ出た
データの束いつもかかえてれば
ほんの少しは最先端
街のざわめきさえもとりこんだ
  ( tofu beats「水星」より)

 

 これは現代のシティポップ世代をとりまく音楽環境をよく現している。インターネットの普及に伴って、新旧様々な音楽にたやすくアクセスできるようになり、TSUTAYABOOKOFFでは名盤もそうでないものも国内外、年代問わずいっしょくたに並べられている。いままで積み上げられてきた、音楽の膨大なデータにつねに囲まれて生きてきたのが、現在の日本のロックシーンでシティポップをやっているといわれている若者たちである。

 「シティポップ」の名のもとにまとめられている彼らの音楽は、概してブラックミュージックからの影響が強いといえそうだが、そのオリジンはさまざまである。重要なのは、過去の洋楽から日本のロックまで自由に参照して、独自の音楽を作り上げようとする世代が出現したことである。

 

  渋谷系の時代に活動していた代表的なミュージシャンである田島貴男は、シンラネットで「今のシティポップ世代は、自分たちの渋谷系のころと似ていると思う」と言っていた。かつて宇多川町のレコード屋に集積されていた膨大な量の音楽データが、ネットで世界中に開かれているのが現在であり、そのなかで起こった「レア・グルーヴ」運動が現在のシティポップブームなのである。70年代から始まり、2000年代で途絶えたかと思われた「リスナー型ミュージシャン」*1 の歴史が2010年代に繋がったのである。

 

 「シティポップ」という便利な言葉

 

COBALT HOUR

COBALT HOUR

 

 

 このような新たな「リスナー型ミュージシャン」の世代が出てきて、自然発生的に「シティポップ」という言葉が使われるようになったが、そもそも「シティポップ」とは何なのだろうか。
 80年代、はじめて「シティポップ」という言葉がつかわれるようになった。当時の「シティポップ」は山下達郎荒井由実大貫妙子吉田美奈子佐藤博など、当時ニューミュージックとして迎えられていた面々とその周辺にたいして使われることが多かった。この頃の「シティポップ」の指す範囲は非常にあいまいだが無理やり定義するとしたら、欧米のポップミュージックを消化した洗練された音楽性をもち、豊かな都市生活への憧れもしくは実感をバックグラウンドとしてもつ作品群のことである。この頃の「シティポップ」における都市はほとんど「東京」とらえてよいだろう。

  こうして「シティポップ」という便利な言葉ができたおかげで、雑多な音楽が「なんとなくおしゃれ」な音楽として優遇された側面がある。それでも、「シティポップ」と呼ばれた音楽のなかでも優れたもの、すなわち「シティポップ」の王道とでもいえそうなものとそうでないものを分けることができるはずである。では「シティポップ」の王道といえるものは、いったいどのような本質をもっているのだろうか。年代を追って考察していく。
 

70年代

 

 

風をあつめて

風をあつめて

  • provided courtesy of iTunes

 

  「シティポップ」の源流といわれているのがはっぴいえんどの『風街ろまん』である。この作品について語っている作詞担当の松本隆の発言を参照してみよう。松本は東京オリンピック前の東京都港区に生まれた。彼の創作行為は、少年時代に東京オリンピックに伴う都市開発になじみの景色を奪われたことの喪失感に動かされていた。

 

「ぼくは幼少時代を証明する一切の手がかりを喪失してしまったわけだ。そこには一本の木も、ひとかけらの石も残っていない。薄汚れたセンター・ラインが横たわっていただけだった。」
 「ぼくは視る行為に全てを費やした。何も見逃さないこと、街の作るどんな表情も擬っと視つめることによって、ぼくは自分のパノラマ、街によって消去されたぼくの記憶と寸分狂いない〈街〉を何かの上に投影すること、それが行為の指標になったのだ。スクリーンは何でもよかった。眼球の網膜でも、レコード盤の暗い闇の上でも、原稿用紙の無愛想なますめでも。ぼくはそれらのどれにでも、〈もうひとつの街〉である〈風街〉を描こうとした。」

 

松本隆微熱少年』(1975年)収録、「なぜ(風街)なのか」

 

 松本隆は目の前の急成長する都市、東京に過去の記憶を照射して「架空の都市」を作り上げていたのである。本来なら痛烈な近代都市批判をしてもよかった。実際に、はっぴいえんどのファーストアルバム『ゆでめん』にはその傾向がある。しかし松本隆傍観者として外部から現実の都市と対峙しながらも、架空の都市を夢想することを選んだ。
 この姿勢は80年代の「シティポップ」に引き継がれながらも、実態は変化する。「都市」の姿が変容するからである。
 

80年代

 DOWN TOWN(紙ジャケット仕様)

DOWN TOWN(紙ジャケット仕様)

 

  

 八十年代の日本は高度経済成長末期の繁栄を謳歌していた。渋谷をはじめとする都市は、消費および文化の中心地として大いに栄えた。80年代の「シティポップ」はそのような「都市イメージの構築」とともにあった。にぎやかで、すべてが新鮮で輝いている都市としての東京のBGMとしての役割を果たしたのである。山下達郎のバンド、シュガー・ベイブの「DOWN TOWN」の歌詞を抜粋するとこのような感じである。

 

街角は いつでも 人いきれ
それでも陽気なこの街
いつでもおめかししてるよ
暗い気持ちさえ すぐに晴れて
みんなうきうき
DOWN TOWNへ繰り出そう

 

 明らかに現実の都市を超えた「理想都市」の姿が描かれている。

 この80年代の「シティポップ」において重要なのは、架空の理想都市としての「東京」が、外部から描かれていることである。この年代の「シティポップ」の代表作ともいえる荒井由実の「中央フリーウェイ」が、東京の中心部で遊んだあと、中央自動車道をボーイフレンドの車で、実家のある八王子に向かう状況の歌であることはそのことを象徴的に表しているのではないだろうか。「郊外」にいるからこそ、描き出せる都会のきらめきがあり、それが好まれたのが80年代だったのである。
 ここまでの「シティポップ」の流れを見ると、現実の都市に対して他者性を持ちながら、理想の架空都市を描き出してきたという本質が見えてくる
 では、現在の「シティポップ」が描き出す「都市」は何なのだろうか。

 

2010年以降

 

  今、「東京」は何ら特別な価値をもたなくなっている。東京に行かなければ手に入らないものなどもはや何もなくなってしまった現在において、「シティポップ」が目指す「都市」は東京ではなくなった。

 

 

 

わたしのすがた

わたしのすがた

  • provided courtesy of iTunes

 

シティポップが鳴らすその空虚、

フィクションの在り方を変えてもいいだろ?

cero 『わたしのすがた』

 


 もはや「シティポップ」の「シティ」が「都市」はなく「町」であると思わせるのが、Suchmosである。

 

 

 

Pacific

Pacific

  • provided courtesy of iTunes

 

City なんかより Townだろ

日に焼けた肌で歌うんだろ

 

 「シティなんかよりタウンだろ?」というパンチラインが示すのは、「東京」という都市への憧れなど持たず、自分たちが暮らす地元の「街」をイケてる遊び場にする新しい「シティポップ」のスタイルである。地に足をつけて、自分たちの街をぬりかえていくのが新世代の「シティポップ」なのかもしれない。

 

 

 

GAGA

GAGA

  • provided courtesy of iTunes

 

甘い円盤を探して 並ぶためにパンケーキ食べて

排水溝屈んで 中を覗け dirtyなmouseが

モノレールで向かって 蟻のような行進が習性

Chigasakiなら五分でもっと長いジェットに乗れるよ

SuchmosGAGA


Suchmosの手にかかれば茅ヶ崎もChigasaki。これは宮沢賢治岩手県イーハトーブと呼んだ暴挙に等しい。

 

marple-hana1026.hatenablog.com

 

 

 

そしてもう一つ、新たな「シティポップ」のフィクションが生まれている。かつて松本隆が急成長する都会に、過去を照射して架空都市をつくりあげたこととは逆のことが起きている。残骸のように成り果てた「都市」に未来を照射した世界観をもつ楽曲が生み出されてきている。

 

tofu beatsが見たのは、東京の果てにある「架空の水星都市」である。

 

 

水星(Original mix) [feat. オノマトペ大臣]

水星(Original mix) [feat. オノマトペ大臣]

  • tofubeats
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥150
  • provided courtesy of iTunes

 

 

めくるめくミラーボール乗って水星にでも旅に出ようか
いつか見たその先に何があるというの
きらきら光る星のはざまでふたりおどりあかしたら
もっと輝くところに君を連れて行くよ

tofu beats 『水星』

 

また、くるりの「琥珀色の街、上海蟹の朝」もその系譜に位置付けられる曲だろう。

 

 

 

 

目を閉じれば そこかしこに広がる

無音な世界 不穏な未来

耳鳴り 時計の秒針止めて

心のトカレフに想いを込めてぶっ放す

窓ガラスに入ったヒビ 砕け散る過去の闇雲な日々

止まった時計は夜明け前五時

外の空気 君だけのもの

くるり琥珀色の街、上海蟹の朝』

 

 いま、「シティポップ」は東京をはるかに離れたところにある。荒廃した都市の向こうにある、パラレルワールドを「シティポップ」は夢想している。
 

さいごに

 「シティポップ」は人と「都市」あるいは「街」との関係性に伴って、その性質を変化させてきた。現在の「シティポップ」ブームも、80年代のそれと断絶されたものではなかったのである。しかしその定義の不確かさゆえに、多くの模倣が生まれつつある現状に、このムーブメントの終わりが近いことも感じる。

 

 

参考文献

Album Reviews 

http://www.ele-king.net/review/album/002660/

 

 

*1:佐々木敦が『ニッポンの音楽』で用いた言葉。重度の音楽ファンかつコレクターであり、シンガー/プレイヤーというよりむしろコンポーザー/アレンジャーとしての気質が強いミュージシャンを指して用いた。はっぴいえんど大瀧詠一細野晴臣渋谷系のアーティスト群がこれに当てはまる