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【闇落ちした金麦妻】向田邦子の「かわうそ」

金麦の夏

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 古い話題ですが、金麦のCMにイラつきを通り越してぶちギレてる奥様方って多かったですよね。一方で男性陣は「え、なにがダメなの?かわいいのに。」という反応でした。


いいなCM サントリー 金麦 檀れい集 vol.1

女性には、この金麦妻のおふざけというか茶目っ気があざとく見えるのです。画面に映ってない旦那に、かわいいと思われるためになんだか浅ましくふざけているこの檀れいにイラついてしまうのは女の性でしょう。

 

そしてそのイラつきは、わたしにとって少し同族嫌悪であったりします。恋人のまえでちょっとした隙を演出したり、ちょっとクレイジーでおもしろい女なふりをして日常にドラマをもたらした気になったりしている、見たくない自分を見せられているような感覚です。檀れいさんだからやっと見れるようなもんです。「自分ひょっとして普段相当ウザキモいんじゃないか?????」とヒヤっとしてしまいます。

 

 

しかし実際、金麦妻のように振る舞えば結構かわいいと思われるみたいです。あまり顔の美醜は関係ありません。どれだけ相手にとって特別な存在になれるかが大事なのです。金麦妻は、はたから見てちょっとドン引きするレベルでふざけます。しかし旦那からしてみたら、金麦妻がふざけるたびに季節の花々や空、花火はすべて彼女のための舞台装置になっていきます。普通の女がやらないレベルのお茶目なことをぼくだけに見せてくれているという特別感が、旦那を高揚させ思考力を奪うのです。そうして二人は、脳内お花畑世界のなかで、なんかおいしそうなものをハフハフし続けるのです。

 

旦那から客観的な視点を奪い、閉じた世界のなかで彼を魅了し続けるお茶目な金麦妻。非常におそろしいです。

 

しかし、こうやって金麦妻を見て、ヒヤっとしているわたしは女としてたいしたことないのでしょう。世の中には、まったく悪気なく男たちを意のままにしていく、金麦妻を地で行くような女がいるのです。

 

そんな女が登場するのが、向田邦子の名作『思い出トランプ』のなかの短編「かわうそ」です。

 

 

 向田邦子 『思い出トランプ』

 

思い出トランプ (新潮文庫)

思い出トランプ (新潮文庫)

 

浮気の相手であった部下の結婚式に、妻と出席する男。おきゃんで、かわうそのような残忍さを持つ人妻。毒牙を心に抱くエリートサラリーマン。やむを得ない事故で、子どもの指を切ってしまった母親など――日常生活の中で、誰もがひとつやふたつは持っている弱さや、狡さ、後ろめたさを、人間の愛しさとして捉えた13編。

この本、『思い出トランプ』というなんだかハートフルなタイトルからは想像できないようなえぐい話が満載です。なかでも群を抜いているのが、直木賞を受賞した「かわうそ」。たった14ページで、これほど女の恐ろしさを描けるなんて。黒い向田邦子が楽しめる名作短編です。

 【簡単なあらすじ】

 「かわうそ」の主人公は定年間近のサラリーマン、宅次。出世はあきらめており、唯一のいきがいは縁側から自慢の庭を眺めること。手のしびれを覚えるようになり、それが脳卒中のせいだとわかって以降、家で療養するようになります。

 宅次には九つ下の妻厚子がいます。二人の間には星江という子供がいましたが、宅次の出張中に発熱でなくなってしまい、それ以降子供はいません。そのせいか厚子は、若々しく溌剌としています。そして機転が利きよく働く、「宅次には出来過ぎた嫁」とも言われています。常に体を動かしていたいタイプで、病気になった宅次をかいがいしく世話しますが、それもどこか楽しげです。

この一見ちゃきちゃきとした、かわいい奥さんである厚子ですが実は宅次の大事な庭をつぶして社宅を立てようと画策しています。そうした、庭をめぐるやりとりを通して、宅次は記憶の奥底に閉じ込めていた厚子のおぞましさについて思い出していくのです。

 

かわうそのような女、厚子

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https://twitter.com/syofa0120

よく見ればこのカワウソ、こわいっす

 

厚子のおそろしさは実際に読んでいただければよくわかるのですが、特筆すべきはチャーミングさです。金麦妻の亜種ともいえるような、お茶目な小ボケを連発する女なのです。

 厚子のおろしたての白足袋が、弾むように縁側を小走りにゆくのを見ると、気がつかないうちに、おい、と呼びとめていた。

「なんじゃ」

 わざと時代劇のことば使いで、ひょいとおどけて振り向いた厚子を見て、宅次は、あ、と声を立てそうになった。

 なにかに似ていると思ったのは、かわうそだった。

 

西瓜の種子のようなきょろきょろした黒目が、いつもらんらんと光っている厚子。目は少し離れ気味で、いつもおどけたような表情です。「なにかに似てる、なにかに似てる」と思い悩んだ宅次が、あっとひらめいたのが「かわうそ」でした。

 

 厚かましいが憎めない。ずるそうだが目の放せない愛嬌があった。

 ひとりでに体がはしゃいでしまい、生きて動いていることが面白くて嬉しくてたまらないというところは、厚子と同じだ。

 

厚子は身に起こることすべてを、お祭りごとのようにはしゃぐ女なのです。

金麦妻が、旦那が帰るたびに尋常じゃないテンションで「おがえりーーー!!!!」と言ったり、季節の食べ物を絶叫しながら調理したり食べたりするのとどうも重なります。生きているのが楽しくてしょうがない、という雰囲気を体から発散させている彼女ら。金麦妻はもしかしたら作為的にやっているかもしれないけど、厚子はマジなのです。いつもゴキゲンで、旦那にむかってお茶目なしぐさをして見せる。金麦妻の無邪気さが、旦那を喜ばせるための感情労働だとしたら、厚子のそれは自分のため。高まってきたバイブスをお茶目なしぐさでアウトプットしているだけ。

 

厚子は機転が利くという一面、ちょっした「うそ」をよくつきます。

 

「ごめんなさいね。うちの主人車のほうなの」

 歌うような厚子の声が聞えた。

そうだ。厚子はいつもこのやりかただった。

 化粧品のセールスだと、主人は化粧品関係になったし、百科辞典がくると出版関係になった。新婚の頃、毛布を売りに来た押売りを、

「うちの主人、繊維関係なのよ」

 歌うような口振りで追い払い、奥にいた宅次を振り返って、目だけで笑ってみせた。面白い女と一緒になった、一生退屈しないだろうと宅次は思ったが、その通りだった。

 

 

こんなお茶目な「うそ」も、宅次の心をひきつけていたのです。この悪気のない「うそ」、このときは本当に誰も不幸にならない「うそ」なのですが…。厚子というのはどんな重さの「うそ」も、きわめてライトに扱う女なのです。彼女にとっては、すべてが自分の人生を彩るためだけにあるお祭りごとなのだから。

かわうそのおぞましさ

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http://www.shokokai.or.jp/100/01/0120420025/index.htm

 

 宅次は厚子に対するある疑念をもち、脳卒中で鈍くなった頭で記憶をたどりよせます。忘れようとしていた、厚子のおぞましさが明らかになってくるのですが、その過程で「かわうそ」のコワい習性が明かされます。

 

かわうそは面白半分に獲物の魚をいたぶる。そうして中途半端に食い散らかした獲物を、並べて楽しむらしいのです。そんな、無残な獲物の亡骸が散らばった様子を獺祭図と呼びます。宅次はそんな「獺祭図」とよばれる絵画を見た記憶を呼び寄せます。その絵のなかには、目を開けて死んでいる鳥がいます。

 

その鳥の目を見ながら、宅次は「星江は目を閉じて死んでいた」とやっと今は亡き我が子について触れるのです。(死んだ鳥のついでに思い出すなんて、宅次も結構むごいなと思うのですが)

この後、下手なホラーよりもぞっとする展開です。なんだかネタバレ祭りですが、実際に文章を読まないと恐怖を味わえないと思います。

 

とにかく、厚子にとってはどんな不幸も自分の人生における祭りごと。

一軒おいて隣りから、火が出たことがある。幸い大事には至らなかったが、

「火事ですよお。火事ですよお」

 寝巻で空のバケツを叩き、隣り近所を起して廻っていた厚子は、そばで見ていて気が引けるほど楽しそうに見えた。

 宅次の父の葬式のときもそうだった。

 厚子は新調の喪服を着て、涙を流すというかたちではしゃいでいた。ほうっておくと、泣きながら、笑い出しそうな気がして、宅次は、

「おだつな」

 とたしなめるところだった。

 

押売りを面白半分で断るときや、同窓会に胸をもりもりの夏蜜柑のようにして着飾っていくときと同じように、不幸すら体がはしゃぐ自然発生イベントなのです。そして夫の病気すらも…。

 

金麦妻は、もし旦那が病気になったらそうするのでしょうか。あの広大な自然の中にある、バカでかい一軒家を売り払ってビジネスしようと画策するでしょうか。あのCMだけから判断すると、旦那がいないとちょっと生きていけなさそうな雰囲気です。それが男性からうけているんでしょうけれど。

 

でも金麦妻が厚子側に闇落ちしたら、お茶目に金麦にヒ素でも混入させて冗談半分に夫を抹殺するかもしれません。やりかねません。そうなると「金麦冷やして待ってるからーーーーー!!!!」の意味も変わってきます。「死へのカウントダウン始まったからーーーーーー!!!!」

 

厚子はこういうことを悪気なくやっちゃいそうだからおそろしいんです。

この天真爛漫な悪意をもった女と一生をともにすることを自ら選んでしまった男の苦悩がわたしたちにも重くのしかかります。

獺祭図に閉じ込められて

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http://www.issuikai.org/member/kaiin/1572-76.html

 

 度重なる厚子の裏切り。宅次の葛藤の重さに対して、厚子はどこまでもポップです。なんだか鼻歌なんて歌いながら、ゴキゲンで次の獲物を探す姿はまさしくかわうそ

 

こんなひどい女と、どうして別れずにいるのか。はたから見ると謎です。実際、宅次の友人は「おまえ大丈夫か?」と心配しています。

 

しかしもう宅次は厚子に対して客観的な視点をもつことが難しくなっている。もうすでに厚子のつくる「獺祭図」に閉じ込められているから。「獺祭図」のなかでは厚子の力は絶対です。

 

金麦のCMに出てくる、「わたしとあなた」だけの妙ちくりんな家。あの閉じた世界の中で旦那から客観的な視点を奪い、魅了し続けるのが金麦妻。旦那を正体不明の力によって恐怖統治するのが厚子。

 

一度目の裏切りが発覚した夜、家に帰ったら厚子を殴りつけてやろうと決心したのに、「この女は殴らないほうがいい」と思い直した宅次。その根拠や、思い直すに至った心理的状況がまったく書かれないことがかえって、厚子の絶対性をこちらに印象付けます。そして厚子の悪事を思い出そうとすると「じじ」と頭で地虫の鳴くような音がして、うまく思い出せない。厚子に記憶すらコントロールされているかのよう。

 

厚子は赤いクリーム・ソーダを飲んでいる。いい年をして、ストローをぶくぶく吹くものだから、アイスクリームのまざった赤く色のついたソーダ水は、白いあぶくが立っている。

 厚子のくわえているストローは、縦にひび割れていたらしい。割れ目から、赤いソーダ水が溢れてきた。

「よせ。吸うのはよせ」

 今度血管から血が溢れたら、おれは一巻の終りだ。

 叫ぼうとするのだが声が出ない、というところで揺り起された。

 

この描写に関しては、宅次の生死すら厚子が握っているかのよう。いいとしこいて赤いクリームソーダを飲んでぶくぶくするあたり、金麦妻がやりそうですが…。

 

そうして、とうてい許せそうにない二度目の裏切り。

こみあげる思いがあり、人知れず包丁を握りしめた宅次。すると背後に忍び寄る影が…。

 

と書くと本物のホラーのようですがわたしはこの話ホラーより怖いと思っています。さっき貼ったかわうその写真もめっちゃ怖く見えてきてパニックなりそうです。背筋も凍る「かわうそ」、皆さんも実際に文章に触れて恐怖を体感してみてください。

 

おわりに

もしわたしが鉄拳だったら、「こんな闇落ちした金麦妻は嫌だ」というフリップを掲げて、『思い出トランプ』と「かわうそ」の概要を顔面蒼白になりながら早口でまくしたてます。

 

 

檀れいの旦那の記事】

 

marple-hana1026.hatenablog.com