ニートにハーブティーは要らない

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「ハゲキャラ」という生き方

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サラバ!』でわかった、頭髪が薄くなったイケメンの悲哀

 西加奈子さんの『サラバ!』、正体不明の熱い涙を流しながら歌舞伎町のびっくりドンキーで読みふけった本です。この本の歩という主人公がもつ、尊大な羞恥心と臆病な自尊心が、どうも身につまされてしょうがなかったです。事なかれ主義で、イケメンというだけでなんとなくイージーに生きてきた歩が、にっちもさっちも行かなくなって、クレイジーだと馬鹿にしてきた姉にも憐れまれるようになるのが下巻。

サラバ! 上下巻セット

サラバ! 上下巻セット

 

 累計百万部突破!第152回直木賞受賞作

 

これは、あなたを魂ごと持っていく物語

姉・貴子は、矢田のおばちゃんの遺言を受け取り、海外放浪の旅に出る。一方、公私ともに順風満帆だった歩は、三十歳を過ぎ、あることを機に屈託を抱えていく。
そんな時、ある芸人の取材で、思わぬ人物と再会する。懐かしい人物との旧交を温めた歩は、彼の来し方を聞いた。
ある日放浪を続ける姉から一通のメールが届く。ついに帰国するという。しかもビッグニュースを伴って。歩と母の前に現れた姉は美しかった。反対に、歩にはよくないことが起こり続ける。大きなダメージを受けた歩だったが、衝動に駆られ、ある行動を起こすことになる。

 

ネタバレですが、このあることこそ、ずばり「頭髪が薄くなること」でした。男性にとって、「頭髪が薄くなること」がどれほど辛い事なのか、これまで考えたこともなかった。この本を読んでいると、頭髪が薄くなった男性の気持ちを追体験できます。かつては甘いマスクでちやほやされてきた歩が、頭髪が薄くなったというだけで女性から見向きもされなくなるばかりか、エレベーターで見ず知らずの女子高生に「あのハゲ、○階(アデランス的な店があるフロア)だろ笑」と嘲笑される始末。妥協してつき合ったぽっちゃりした女にも、あっさり浮気されてしまう。頭髪が薄くなったことを認められず、過去に縋り付く歩の姿が痛々しかった。こんなにも辛いのか、頭髪が薄くなることは。女にはこの辛さがわからないから、カジュアルなハゲいじりが飛び交うのだ。たぶんみんな家で泣いてる。

 

この本からは、人としての軸とか、自分の体の内側に沸き起こってくる気持ちを信じることとか、大切な事をたくさん学べる。しかしわたしは、この本は「頭髪が薄くなった男性の気持ちを知るための本」だと言いたい。全女性が読んでほしい。そして今まで自分がどのように頭髪が薄い男性に接してきたか、今一度思い返してほしい。むごい事を言ってこなかったか、無遠慮な視線をぶつけなかったか、あの人ハゲだよねと噂しなかったか。わたしはこれまでハゲだと笑ってきた、星の数ほどの校長先生や教頭先生に謝りたい。なんて無知だったのか、どれほど他人への想像力を欠いていたのか。

 

「え、ハゲって言われても平気そうだったけど」とか「むしろハゲをネタにしてるひとも居たけど」と思う女性も多いかもしれない。しかし彼らが「ハゲキャラ」としての自分を受け入れるまで、何度枕に顔を押し付けてむせび泣いたか。ハゲと言われて怒れば「大人げない」と言われ、泣けば「女々しい」と言われる。頭を隠せば「往生際が悪い」と言われる。なにかと「あのハゲの人」と言われる。どんなにイケメンでも、ひとたび頭髪が抜け落ちれば、「あのハゲの人」と言われる。この苦痛を一身に背負い、何度も枕を濡らして、彼らは強くなったのだ。抜けていく髪を儚むその刹那、かつての自分の面影を思い、また涙しただろう。それでも強くなったのだ。「ハゲキャラ」として生きる覚悟を決めた彼らは、女子供の無理解を赦し、代わりに己のハートを鍛えてきたのだ。

 

わたしたちは、彼らの強さに甘えてきたのだ。あまりに彼らへのリスペクトと思いやりを欠いていた。これまで出会ってきた、「ハゲキャラ」を受け入れる優しく強い男たちのことが、頭をよぎった。

 

あの日、あのときの「ハゲキャラ」

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 こうして『サラバ!』を読んだ後のわたしは、「頭髪が薄い男性」への見方が変わった。とりわけ、「ハゲキャラ」を引き受ける男性へのまなざしは、熱いものとなった。過去にであった、「ハゲキャラ」男性のことを思い出すと、つい心にたまらないものが押し寄せてくる。余計なお世話かもしれない。でも仕方がない  

 

忘れられないのは、小学生の頃の同級生千葉君のお父さんだ。お父さんは子煩悩で、よく参観日にも来ていた。しかし小学生は無慈悲。「千葉の父さんハゲだよなー!!!!」と人気者が言うと、なにも面白くないのにみんなが「ハゲハゲ」と言うようになった。千葉君は幸いにも明るかったので、「やめろよー」と笑っていたけど、家に帰ってお父さんに会ってどんな気持ちになっただろうか。ここまで書いて、もう涙が止まらない。

 

あるとき、ミニ運動会みたいなレクリエーションがあった。それに千葉君のお父さんが来た。例のごとく、男子たちはお父さんに聞こえるか聞こえないかのボリュームで「ハゲ…ㇷ゚ㇷ゚」と言っていて、こちらも落ち着かない気分になった。自分が言ってなくても、どことなくうしろめたさを感じた。

 

雰囲気がガラリと変わったのは、「輪っかになって、バレーボールを落とさないようにラリーし続ける」という種目になったときだった。

 

千葉君のお父さんが居る輪っかが、ドッと盛り上がった。

 

お父さんは、汗で光を増したツルピカの頭で連続ヘディングしていた。頭はボールとの摩擦でピンク色になっていた。一回ごとに、ひょっとこみたいなひょうきんな表情をして、見事にボールを頭に打ち付けていた。これが小学生の心にヒット。男子も女子もケラケラと笑った。父兄ですら、どうしても可笑しくてたまらないという感じで笑った。嘲笑が、はじけるような幸せな笑いに変わった瞬間だった。千葉君のお父さんに対するほの暗いうしろめたさが、消えてなくなった。千葉君はあのとき何を思っただろう。「うちのお父さんはおもしろいんだぞ!」と誇らしい気持ちになったのではないだろうか。

 

千葉君のお父さんはあの日「ハゲキャラ」として振る舞って、幸せな笑いをもたらし、みんなを赦したのだ。軽率にからかったガキも、見て見ぬ振りしたガキも、これまで出会った失礼な人たちのことも。

 

「ハゲキャラ」を受け入れる、という生き方を推奨しているわけではない。イヤな事を言われたら、面白い返しをしようとせずに全力で怒ってもいいのだ。ただ、わたしたちは強く優しい「ハゲキャラ」の男性が流してきた涙を、彼らへのリスペクトを忘れてはならない。そう思うだけだ。まさか『サラバ!』を読んだことで、こんな感情が生まれるとは思わなかった。

 

成人式で、千葉君に会った。彼は、もうすでに仕上がっていた。これから何度枕を濡らすだろう。そんな夜を重ねて、千葉君はあの日のお父さんの勇姿を思い出すかもしれない。そして優しく強い男になっていくのだろう。