ニートにハーブティーは要らない

ニートにハーブティーは要らない

思ったことを書いています

旅の恥をかき捨てると自我が崩壊する

 ついこの間、所用で箱根鉄道のとある駅に行った。博物館でひとしきり見学したあと駅のホームにたどり着くと、登山の装備をした楽しげな高齢者集団や、ツーリングみたいな恰好なのになぜか鉄道に乗ろうとしている中年集団などがわらわらと憩っていてにぎやかだった。

 

 当然だけど誰も知っている人はいない。

 

 わたしは「遠くまできたもんだ」と思いながら、自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに座って「金属の味がする」と思いながら飲んだ。日差しが強く、黒ずくめのわたしには熱がこもっていて、頭がぼーっとした。

 

 赤いお菓子の箱のような電車がやってくる。この電車に乗って小田原についたら田舎のばあちゃんのために鈴廣のかまぼこでも買って、横浜まで帰ろうと思った。なのに身体が動かなかった。誰もかれもみんな楽しそうに乗り込んでいく。乗らなきゃと思うのに、とりもちでもついているかのようにベンチから尻が離れなかった。

 

 乗り込んでいく人たちに対して、「あ、いま膝に猫乗ってるんで」とまったくわかりきった嘘を心のなかで言いながら、赤いお菓子箱を見送った。

 

「ずっとこのままでいいかな」と思って動きたくなくなるときがたまにある。

 

 居酒屋のトイレで、男性が使ったあとに便座を上げっぱなしにしていることに気がつかず、尻が便器にすぽっとはまったとき。「いつもきれいにご使用いただきありがとうございます」という字を見ながら、「もうずっとこのままでいいかな」とほろ酔いの頭で思ったりした。

 

 ほかにもある。小学生のとき、アイスの実にはまっていた。

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アイスの実 うらごしピューレ入り グリコ コンビニスイーツ日和!

 

 10年くらいまえのよそさまのブログから画像を拝借してきた。そうそうこんなのだった。このカラフルな冷たい玉がきっしりと入っているのが好きで、毎日のように食べていた。

 

 その日はアイスの実をコンビニで買い、我慢できずにすぐに開けて2つくらい食べて残りをカゴに入れて家路に急いでいた。小学生特有のあまり意味のない立ち漕ぎをしながら、急いでいた。しかし立つたびにカゴの中身のアイスの実が気になる。おいしそうなカラフルな玉たちがじりじりと溶けながら揺れている。

 

 気づくとカゴの方に手を伸ばしていた。指がちぎれそうなほどに、アイスの実を求めていた。

 

 するといきなりノーハンド運転になった自転車はバランスを失い、思わぬ方向に進んでいった。景色が変わった。電柱のグレーが視界を覆ったかと思うと、サドルから股間に強い衝撃が加わり、空が見えた。自転車は横転し、劇場版るろうに剣心佐藤健ばりのスライディングを決めて滑っていった。

 

 熱せられたアスファルトには、カラフルな甘い香りのする球体と、わたしが転がっていた。

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 こうして寝っ転がっている間にもアイスの実はじりじりと溶け、膝からは血が染み出していくというのに、起き上がろうとは思えなかった。なんかちょっと素敵なひとときにすら思えた。頭と身体がつながってるんだかつながっていないんだかわからないけど、ぼーっとして心地よかった。

 

 あのときほど、「このままこうしていようかな」と思ったことはない。

 

 とまあ『失われた時を求めて』のごとくどうでもいい人生の断片の回想シーンが走馬燈のように頭を駆け巡って、ホームのベンチで一人死んだ目でコーヒーをすすった。どうでもいい断片である。だれもこんなこと知らないし、知らなくてもよい。

 

 思えばずっと暇な人間だった。暇な幼稚園生、暇な女子小学生、暇な女子中学生、暇な女子高校生を経て、暇な女子大生なのである。しかしインターネットにうといわたしでも、暇な女子大生はすでに名乗られ尽くされているので使用しないほうがベターだということを知っている。本当に暇な女子大生が「暇な女子大生」を名乗ることのできないこの世の中、「暇な女子大生」の再分配がなされるべきではないだろうか。違いますか。そうですか。

 

 なんだかやさぐれたので、ベンチから降りてちょっとウンコ座りをしてみた。ついでにリュックからパンを取り出してかじってみた。足元には飲みかけの缶コーヒー。そして何年かぶりにチッと舌打ちをする。

 

 自分史上最高のワルが出来上がった。普通は缶コーヒーに煙草であろう。そこをわたしはパンである。しかしこれは純然たるワルなのである。だってパンはチョリソーソーセージパンである。

 

 知らない場所で、知らない人がポツリポツリといるなかで、ワルになっている。

 

「いや、誰だよ」と脳内の誰かがツッコむ。

 

 わたしはその声を聞きながら「ずっとこのままでいいかな」と考えるでもなく考えている。