ニートにハーブティーは要らない

ニートにハーブティーは要らない

よく深夜に更新します

たとえば冬至にかぼちゃだって煮てやるよ

ããã¼ã¡ããç®ç©ãããªã¼ç´ æãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

東京オリンピックを一緒に見ようね。約束だよ。」

 

誰かに言われたのだけど、その誰かはもうわたしと親しく会うことはないだろう。

 

もっといえば、こうも言っていた。

 

「ここが子供たちの部屋で、ここは(ぼくら)夫婦の部屋だよ。下の階からの音が聞こえやすくなっていて、子供に何かあったらすぐわかるんだ。」

 

何やら建築の図面を見せながら言っていた。建築学部の人だったから。

 

たぶんわたしはそれをニコニコしながら聞いていたことと思う。もにもにした変な声で「そうだねぇ」などと相槌を打っていたことと思う。

 

それからあまり月日もたたずに、その誰かは泣きながらわたしの部屋を飛び出していったわけである。「さよなら」って泣きながらドアバーン開けて、夜道に忍びの者のように消えていった。今思うと、別れ際としてなかなかバブリードラマティックである。

 

その誰かのことはもうあまりよく思い出せなくなりつつあるが、果たされなかった約束を思うとうすらさみしい気持ちになる。人生、何度果たされぬ約束を交わすのだろうかと思うと、ちょっと浦島太郎がうらやましくなる。目を閉じて開けるまでの間に、すべて過ぎ去っていて、遠くなっている。「果たされぬ約束も、その相手も、何だったっけ。まあいいや。」ってなると思う。

 

marple-hana1026.hatenablog.com

 

ところで、いまわたしには恋人がいるが、悩んでしまうのは未来の話をどれくらいしてもいいのかということである。いつか隣からいなくなるだろうと思いながらつき合うことほどつまらぬこともないが、「Eternal love………♡」みたいなノリでいくのもうっとうしいだろう。「おじいちゃん、おばあちゃんになってもズット仲良しだょ」などとのたまって、昆布のようにおとなしくて優しいあの青年を困らせてはならない。

 

付き合いたての頃、うっかり酔っぱらって電話をかけて「老後の話」をしてしまったことがある。よりにもよってとんでもなく未来の話である。地元に帰って、高校の同級生たちと飲んで開放的な気分になり、駅のホームで23:20発のおそろしく早い終電(岩手県のみなさんはわかりますね?)を待ちながら声がどうしても聞きたくなってヘロヘロにへたりこみながら電話をかけた。

 

「○○くんさあ、老後はさ、ノーパンで山に分け入ってキノコ狩りでもしようよ。きっとそんな時代になる。絶対にそうして生きられる。ハハッ、本気本気。聞いてる?」

 

いうまでもなく、べろべろに酔っぱらっていた。酔ったときは、内に秘めていることが出るというが、わたしの腹の底は「彼氏と老後にノーパンでキノコ狩りをしたい」という色濃い欲望によって彩られていたらしい。ノーパン、しかもキノコ。わたしは普段かなりおすましして生きているが、腹の底はこんなもんである。煩悩まみれである。

 

こんなことがあっても、あの堅物で真面目な彼がつき合ってくれているのが不思議である。それどころか、誕生日にくれた手紙に「あのときの電話、とてもうれしかったよ」と書かれていて、「なんで?????」と思いながら感動してちょっと泣いてしまった。

 

でも、おそらくあの夜電話で交わした約束は、果たされることはないだろう。 老後のことなんて誰にもわからない上に、ノーパンキノコ狩りである。叶ってしまったほうが変な話である。

 

そんな途方もない約束を交わすのはもうやめにして、最近は微妙に近い未来の約束をするのがいいなあと思っている。「結婚」「出産」「老後」みたいな大それたライフステージの話ではなくて、「今この節約生活が終わったら、駅前で寿司買って、スパークリング日本酒と一緒に飲んでやろうね」とか。「もし次にどこかの駅で降りて、そこにミスドがあったとしたら、お土産に買ってきてね」とか。「今度全然興味のない一番くじを引いてやろうぜ」とか。これだったら別に果たされなくても、なんか大丈夫。

 

最近いちばん自分で気に入った約束は、「冬至にかぼちゃ煮てやるよ」である。すごく微妙である。日本にたくさんのカップルはあれど、冬至の約束をする人は少ないだろう。冬至は12月22日、その日にかぼちゃを食べると風邪をひかないと言われている。嘘くさい話である。そんな嘘くさい話が長年にわたってありがたがられているのは、わたしみたいに「冬至にかぼちゃたべましょうね」と言うこと自体を愉しんできた女たちがいるからだろう。彼も彼で「ぼくはかぼちゃが結構好き。」という何やら間の抜けた返事をした。

 

わたしはいざ冬至になっても、かぼちゃを煮ないかもしれない。でもそれでもいい。果たされない約束だったとしても、彼がかぼちゃを食べられなくて、もしかするとちょっと風邪をひくだけのことである。