ニートにハーブティーは要らない

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卒業・くすんだブルーのワンピース・会社員

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 2019年3月26日に大学を卒業し、4月から都内で会社員になった。毎日通勤したり、先輩からこぼれ仕事をもらいながらいろいろやったり、デスクで壁と向かい合いながらお弁当を食べたりしていると、つい2、3週間くらいまえには卒業式のあとの謝恩会に何を着ていこうかわくわくしていたのがクラクラするくらい遠く感じる。ホテルでやるわけでもなく、きっちりしたドレスコードがあるわけでもなく、しかしれっきとしたパーティーであるという微妙なシチュエーションを、新しいハレ着を買う口実にしたかったのだ。

 結局、くすんだブルーの総レースワンピースを選んだ。

 卒業式のあとはあわただしく写真を撮って(親と)(!!!)、Tと一緒にタクシーに乗って大学に行き、あきらかに植毛して髪の毛が増えた学部長から学位記をもらい、ゼミの人たちと集合写真を撮り、また重い荷物を引いて汗をかきながらアパートに戻った。

 袴で締め付けられたおなかの部分があせもになっていた。シャワーを浴びてガチガチにセットされた髪を流し、アイリスの匂いのボディクリームを塗り、適当に髪を乾かして化粧をした。化粧下地からも何か濃厚な花の匂いがした。ファンデーションからは「粉」としか言いようのない匂いがする。こうして謎の香気を放つミセスやマダムが仕上がるのである。

 そしてデパートのヤングフロアで買った、くすんだブルーのワンピースに袖を通した頃には、謝恩会に間に合う時間を過ぎていた。でも脳も身体もだるくて、「まあいいや」とワンピースを着たまま部屋の中を徘徊し、怠惰な魚のようだった。ひざ下まであるレースの裾がちゃぶ台に引っかかるなどした。

 ふと我に帰って「ふつうに家出なきゃやばいな」と思い、かっちりした小さなマスタード色のバッグにこれまたかっちりした小さなマスタード色の二つ折り革財布を入れて、コートに口紅だけ突っ込んで家を出た。

 このとき人生ではじめて、「これで社会に出ることが出来るのか?」といううっすらした不安を覚えた。

 そんな不安も、オレンジ色の電車に揺られるうちに溶けるように消えていった。不安や憂鬱には2種類あって、一過性のものと、一度陥ればなかなか脱することのできない迷宮のようなものがあるということをこれまでの短い人生から学んだ。これは一過性のやつだなとはじめから見当がついていたので、わりに呑気なものだった。

 主催の友達にお詫びのLINEを入れ、指定されたビルのエレベーターに乗り、27階ボタンを押した。エントランスで団体名を告げて、部屋に入ると同級生たちがドレスやスーツやふつうの服を着てやはり魚のように各々漂っていた。皿に肉やピラフを盛り付けて、白ワインを飲みながら女友達と話しているうちになんとなく薄ら寂しいような気持ちになった。

 謝恩会の中盤、わたしはなぜかゼミの教授にバラの花を一輪渡す係を任ぜられ、遂行した。いつもネイビーの服を着ている教授のためにみんなで事前にネイビーのTシャツを買っていたので、それも一緒に渡した。教授はユナイテッドアローズの紙袋とバラを持って、口をゆがませながら嬉しいんだか微妙なんだかよくわからない顔をしていた。わたしはそれを見ながら、「胸ポケットからハンカチーフなんぞ覗かせやがって」と思っていた。

 その後は「先生たちから一言」のコーナーがあり、あとはなんとなくゼミごとに歓談した。ゼミはドライ人間の集まりなので、とくに湿っぽい感じもなくて良かった。

「20時完全撤収でーす!!!」という主催の声が響きわたると、みんなうろうろとコートや荷物を回収しはじめた。ざわめきの中で、背の高い短髪の男子が「あの」と話しかけてきた。彼はわたしを頭からつま先までサッと見ると、言葉を何回かつっかえさせながら言った。

「1年生のときに授業で話してから印象に残ってました」

 彼のほっぺたはピクピク痙攣して、1度も目を合わせなかった。1年生のときはもっとクールではきはきした子だったと記憶している。
 お互いの進路について話すと、彼は「就職にめちゃくちゃ失敗した」「これからが不安」という旨のことを言った。なんとなく、彼が少し変わった理由の一部がわかった気がした。 
 ずっと目を伏せているので、「なんとかなるでしょ」と言ってみたら、自分で思ったよりも大きな声が出た。彼は少し笑った。

 そのあとはゼミの人と串カツ田中に行った。ワンピースは串カツ田中にもよく馴染んで、「気さくなワンピースだな」と思った。
 千鳥足で家に帰って、何もしない廃人のような1週間を過ごして、入社式も何もなく会社員になった。

 ワードローブには、くすんだブルーのワンピースが吊されている。

 クリーニングはしたけど、なんだか謝恩会と串カツ田中の匂いがするような気がする。そしてあの彼のぎこちない笑顔が思い出される。
 彼は何回ぐらいひとりで部屋で泣いただろうか。もしくは泣けないくらい暗鬱な気分になっただろうか。これから何回もそういう気分になるんだろうけど、精錬される鉄のようにはなれないんだろうなと思う。こういうふうに思っているわたしが「なんとかなるでしょ」と言ったって説得力はないのだけど、あのときはそういう感じがしたんだからしょうがない。くすんだブルー、なんかそういう色だよなと思う。

 慌ただしく過ごす毎日の中で、くすんだブルーのワンピースは再び出番を待っている。