ニートにハーブティーは要らない

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暮らしのいびつ

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 生活するには、ちょっとしたコツが要る。自分だけにしかわからない、小さな小さなコツである。

 

 最近新しいアパートに引っ越した。この部屋で暮らすためのコツを、やっと身体が覚えはじめた。部屋は新しいのに、エアコンは古い。リモコンは褪せたクリーム色になっていて、入/消ボタンは樹液のようなものでべとついている。無造作にエアコンに向けてピッとやっても無反応である。コツとしては、エアコンの真下に立って垂直にリモコンをたてながら、ボタンを長押しすること1,2,3秒。(…チャッカ)という音がなって、エアコンが開き、風が吹く。要は接続がわるい。

 

 引っ越して間もないころは、外れくじをひかされたような気がして、長押している間に舌打ちがこぼれそうになった。でも、こういう暮らしのいびつな部分こそ、あとで懐かしくなるのである。

 

 前に住んでいた部屋は、キッチンと部屋の間の敷居がやたら高かった。朝、寝ぼけてつまづいて、キッチンの方へスライディングしながら痛さのあまり泣き、引っ越してやると思ったことが何回かある。それでもやはり学習する動物であるので、足をこころもち高く上げ、惨事を回避する癖がついた。

 

 いま、新しい部屋に引っ越して、わたしを転ばせるような敷居なんてどこにもないのに、部屋をまたぐときに足をほんの少し高く上げようとする意識を身体の奥の方に感じる。階段の段がもうないのに、まだあると思って足を高く上げ下したときの、なんともいえないふわっとした脱力感。あれの15分の1くらいの感覚がたしかにある。そういうとき、「住んでいたな…もう住めないんだな…」としみじみ思う。

 

 こういう、暮らしのいびつな部分。部屋の構造だとか、エアコンの古さだけが作り出すものではないと思う。暮らしを共にする人や動物やモノや音楽や食べ物。それらはレギュラーメンバー然として、「いつもの暮らし」を形成している。そのレギュラーメンバーにはちょっとした扱いづらさがあったりする。そういうところを飲み込んで暮らしていくために、自分の在り方はほんの少し変化させられる。

 

 毎日毎日、同じような暮らしをしているつもりでもレギュラーメンバーは確実に新陳代謝していく。我々はサザエさんではないのだから。愛想つかして捨てたり、捨てられたり、自然になくなってしまったり、泣く泣く離れたり。でも身体というものはすぐに変わるものではなくて、もういない「誰か」や「何か」と共にしていた暮らしのいびつに、引き続き対応しようとする。

 

 昔実家で、ラブという黒い犬を飼っていた。ラブラドールレトリーバーだからラブ。父にばかりなつく雌の犬で、ラブラドールレトリーバー界隈にあってなかなかの美人。目鼻立ちもよく、足もすらりと華奢で、外を歩けば雌犬が歯茎をむき出して吠え、雄犬はこぞって求愛した。

 

 ラブはよく笑う犬だった。犬を飼ったことのある人ならわかるかもしれないけど、犬というのは笑うのである。ハッハッと息する口元は、口角が高く上がって、目もらんらんと輝いて、「楽しッスね!」と言っているようにしか見えない。父と散歩に出かけるときは、決まってその顔をした。

 

 そしてラブは踊る犬でもあった。わたしの母はよく、リビングでカズダンスとタコ踊りを足して2で割ったような、奇怪体操をする。わたしもそのフロアに交じり、真顔で手をなめらかに前後に動かしながら、足はカズダンスをするキモいダンスに興じる。田舎の一軒家の床はみしみしと音を立てる。その様子をテーブルの下のラブは、ビー玉のような目でじっと見ていた。ラブは生まれつき身体が弱く、10歳を越えてからはてんかんの症状が頻繁に出るようになったので、家の中で飼っていたのだ。

 

 ラブはむくっと起き上がり、わたしたちの間に腰を振りながら入って来た。馬のいななきのような笑い声をあげる母と、真顔でキモいダンスを続けるわたしの間に入って、ラブはお尻を振り、足踏みのような動きをリズミカルにした。ときどきわたしたちを見上げる顔は、例の「楽しッスね!」の顔だった。あのときのラブを、わたしは忘れられない。ちょっと意地悪で嫌な犬だと思っていたこともあったけど、そのときにラブは本当にかわいかった。

 

 老後のラブは病気になり、足腰も立たなくなってしまった。あれほど好きだった父との散歩にも、楽しそうな笑い顔を見せなくなった。リビングの床にはラブの紙トイレが敷き詰められた。父が出張でいなくなった1週間のうちに、みるみる衰弱してドッグフードを食べられなくなり、注射器のようなもので栄養を与えなくてはいけなくなった。そして、父が帰ってくると、待ちわびていたかのように、父のひざ元で水を飲みながら動かなくなった。

 

 かつて、母がやるラブへのお決まりの朝の挨拶があった。ラブに向かって、ダンディー坂野のゲッツのようなポーズを取り、「OH!! LOVE!!」と叫ぶのである。ラブがいなくなってしばらくたった朝、母はひとりでおそらくなんとはなしに「OH!! LOVE…」とひとりごちた。本当にぽろりと口をついて出た、という感じだった。そしてまた「なんか悲しいね」と一人でつぶやいて、馬のいななきのようなヒヒーという空音を出して泣きそうな顔をした。

 

 わたしは父と母が仕事に行ったあと、最後に家を出て学校に行っていた。支度をあわただしくすませて、玄関に向かうとき、足がなんだか奇妙な感じがした。ありもしないラブのおしっこシートを避けるように、足裏の外側寄りだけをつかってふわふわ歩もうとしてしまうのである。ラブがまだ病気で生きていたとき、おしっこシートだらけの家から学校に行くのが、思春期のわたしには実は少し嫌だった。でもこうして身体の記憶としてのみ残った、ラブのおしっこシートを避ける感覚に、なんともいえないこみ上げるものがあった。母の悲しい馬のいななきがわかるような気がした。

 

ラブは愛すべきいびつだった。