ニートにハーブティーは要らない

ニートにハーブティーは要らない

思ったことを書いています

青い大きなタイムズカーシェア

 こないだの夜、タイムズカーシェアが夜割をやっていたので彼氏とドライブに行った。18:00以降フリータイムで基本料金990円。あまり例がないほど安いらしい。わたしの最寄りにタイムズの駐車場があり、そこで車を予約する。 

「いつもより少しいいランクのやつだ」と彼は言う。 

 

 車の良し悪しについてはよく知らない。大学三年のときに、年下の女子たちに交じって山形県の合宿免許でAT限定を取得して以来ほぼペーパーのわたしからすると、よく小さい会社の営業車で使われているミライ―スも高級外車もさして印象は変わらない。四つ足で走る金属製ロボであることには変わらない。 

 

 駅からそこそこ歩いた場所にその駐車場はあった。タイムズカーシェアの看板は黄色い。こういう派手な大資本のネオンサインと、暮れかけの空の相性はとてもいい。双方を美しく見せる。駐車場を見渡すと、とりわけでかい、怒り顔をした青いタフな車体が目に付いた。それがわたしたちの今日の車のようだった。 

 彼氏は無口だが、ロボに接するときは比較的流暢にしゃべるようになる。 

ハイブリッド車だからきっと静かなドライブになる」と言うので、(我々には多少ガソリンの音がする方がちょうどいいのでは)と思った。 

  

 車には彼が先に乗る。その間にわたしはTimesと書いた、黄色い大きなkissチョコのようなおもりを、車の前から除ける。車が駐車場から出たら、それをまた元の場所に戻す。これはTimesカーシェアに乗せてもらう人が必ず行う儀式である。そうした後で素早く助手席に乗り込み、シートベルトをかちりとはめて、やっとドライブが始まる。 

 とくに目的などはなく、何となく夜景らしいものを見に行く予定だったが、わたしがびっくりドンキーのハンバーグを食べたいと言い出したため、国道沿いのショッピングセンターに寄ることになった。

 立体駐車場を駆け上り、アスベストが敷き詰められていそうな暗い天井をくぐり、めまいがするほど明るいショッピングセンターに入る。そしてびっくりドンキーに入り、チーズバーグディッシュを二人分頼み、無言で食べた。実を言うと、その日の昼にはハンバーグ弁当を食べていた。しかし、びっくりドンキーはおいしかった。昔、父親が「びっくりドンキーはミミズの肉でできている」という迷信に騙されてびっくりドンキーに連れて行ってくれなくなった時期があったが、わたしは「ミミズの肉だとしても、びっくりドンキーを食べたい」と思っていた。ミミズの肉でも良いくらいなのだから、昼に普通のハンバーグを食べていたとしてもびっくりドンキーはうまいのである。お冷が花粉でざらついた喉に気持ち良かった。 

 

 車に戻ると、もう夜の20:00を回っていたが、やはり夜景を見に行こうと合意した。少し長い道のりになりそうなので音楽を聴くことにした。アメリカの歴代ヒットチャートをファンク・カバーしているアルバムを彼が流す。本当にありとあらゆるヒット曲をカバーしていて、ほぼ徳永英明だった。 

 「もっとしっとりしたやつがいい」と言うと、今度は中島みゆきのアルバムを流してくれた。中島みゆきが、疑うことも知らない無垢な動物たちにあらゆる弱者をなぞらえて作った、あまりに重く悲しいリリックが車内を満たす。泣きそうになる。思っていたしっとりの方向性とは違うが、魂をじっくり湿らせてくるタイプの音楽である。 

  

 中島みゆきの世界観に浸ったころ、あたりの景色が変わった、黄色く煙る光と、キリンと呼ばれる背の高いクレーンが連なる景色を見るに、そこは学生時代に日雇いバイトで来たところだった。横浜駅でマイクロバスに拾われ、知らない人たちと一緒に工場へ行き、疲れ果ててまた横浜駅に戻ってくる。そういう労働だった。帰りの横浜駅東口で、前ももがその日のうちにひどい筋肉痛になり、あまりの痛さに階段を下りられなかった。それほどだった。 

 その話をペラペラと一方的にしゃべっていると、海岸沿いのプロムナードに着く。車を降りると、ただ磯臭いだけではない、ガスの混じったような横浜の海の匂いがした。 

  

 車を降りた正面から、ブオーンとバイクの爆音がした。怖くて身を縮める。我々のようなカップルはバイクに乗った不良にとくに理由もなく因縁をつけられそうな気がする。よく見ると、そのバイクの人は族でもなんでもなく、たった一人、競技用のオートバイで繰り返し旋回の練習をしているだけだった。  

 バイクの音を潜り抜けると、目の前に真っ黒な海があり、ベイブリッジの太い脚が、波もたたない黒い水面にどっぷりと浸かっている。そしてベイブリッジを隔てて右側にはみなとみらいの夜景、左側には煙を吐き出す工場街が広がっていた。いずれも光でゆらゆらしていて近いのだか遠いのだかよくわからない。そしてその景色の前に、たくさんの人が釣り糸を垂らしていた。どうやらここは釣れるらしい。 

  

「ここは何が釣れるのかな。釣れてもおいしくないからゲームフィッシングかな。でもクーラーボックス持っている人もいるね、近所に住んでれば問題なく持ち帰れるかもね」としゃべりかけると、横に彼はいなくて、ただ海に向かって独り言ちていることになった。言葉の行き場を失って、そのまま「テントの人もいるー」と小さく言った。 

 

 そこからのことはよく覚えていない。ベイブリッジでいくつもの街灯を見送り、幸福の科学の大きい建物を横目に、2つほどの大きな交差点を抜け、ひっそりと住宅街の中にある元の駐車場に車を戻した。