ニートにハーブティーは要らない

ニートにハーブティーは要らない

よく深夜に更新します

飼い猫への愛をタトゥーにしかねない女

健斗♡彩花 Forever love……

 

そう書いたピンクの絵馬を、江の島の小高い丘につるすだけならまだしも、若気の至りでタトゥーをいれてしまうひとがいる。Yusuke Forever…… そう彫ったあと、ほどなくして別れ、失笑を買ってしまうひともいる。

 

そういうことをする気持ちが長らくわからなかったのだけど、最近「ちょっとわかるかもな」と思ってしまうようになった。

 

感情は水のようにカタチを変え、身体は砂の城のように朽ちていく。終りのないランニングマシーンを永遠に走り続けるように視界は移ろいゆき、何も確かなものがない。せめて、今感じているこの強い気持ちを、この、いずれ滅んでいく身体に刻み付けて、忘れないように、なくならないように。

 

その切実さ、美しさ。

 

大学で「刺青」をテーマに卒論を書こうとしている友達がいて、その話を聞くうちにこんなことを考えるようになった。

 

わたしにとって、永遠に身体に刻み付けたいものってなんだろう。部活の帰り道に友達とコーラを買って、のどを反らして空を見上げながら飲んだら信じられないほど長いゲップが出て、腹がちぎれるくらい笑ったあの夏?母が昔つくってくれた、嘘みたいに美味しいブッシュ・ド・ノエル?彼氏と尻をしばき合いながら走った薬局までの道?どれもかけがえないけれど、タトゥーにするにはあまりにきりがない。しかも限定的、断片的過ぎてタトゥーにしていいものか。もっと自分の根幹をなすような、強い気持ちはないだろうか。

 

こんなことを聞かれて困ってしまったことがある。「あなたが長い間続けていることは何ですか?」わたしには本当にそれが思いつかなかった。そしていよいよワケわからなくなり、「いやー、特にないですけど、猫はずっと好きですね」と答えてしまい、「(笑)」みたいな雰囲気になった。「わたし会話通じないやつだな」と自分でも思った。しかし、こんなにズレた答えはないが、真実ではあった。

 

わたしにとってはYusuke ForeverがCat Foreverだったのである。

 

実家にはマー君というアメリカンショートヘアがいる。ほんとうは八万八千円なのに、母が父に「八万円だった」と微妙なうそをついて買った猫である。

 

こいつがダサい猫で、食べ物とみれば恥ずかしげもなく飛びつき、盗っ人の様相となる。小さな毛玉のようなときから、魚の切り身を口からはみ出させながら逃走し、家の中はコント仕立てとなった。なぜかときどき人間のようなオナラもするし、枕に頭をのせて寝る。もちろん太っていて、真っ白でふわふわなおなかは床にくっつきそうである。小鳥を怖がって窓の中から威嚇するような小心者で、犬にはすっかり屈服して自分の飲み物を奪われても反撃しない。

 

でも気持ちのやさしいところがあって、家の中で弱っている人間がいると、そっとそばにいって添い寝をする。人間はマー君に枕を奪われて、襟元をよだれでびちょびちょにされるのだけど、「こいつめ笑」と思っているうちに元気になってしまう。子供の頃、親と喧嘩して自分の部屋で泣いていると、ドッドッと人間と同じくらい大きな足音が近づいてきて、ドアの隙間からマー君が入ってきて寝床に滑り込んでくる。そのときの丸くてオレンジの気持ち。その気持ちはつぎ足されすぎて元がよくわからなくなっている秘伝のタレみたいな感じでわたしをつくっている。

 

自分なんて断片的なもののあつまりで、他者のパッチワークだと言ってのけることもできるけど、何か一貫したものがあっても良くて、それがそのときの丸いオレンジの気持ち、というかマー君への愛、マー君からの愛である。

 

そんなマー君が次で12歳になるらしくて、かなりショックを受けてしまった。「おまえ、死ぬなよ」と思う。マー君が死んだら、わたしちょっとタトゥー彫っちゃいそう。大好きな焼き魚とチキンと一緒に彫ってやろう。

たとえば冬至にかぼちゃだって煮てやるよ

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東京オリンピックを一緒に見ようね。約束だよ。」

 

誰かに言われたのだけど、その誰かはもうわたしと親しく会うことはないだろう。

 

もっといえば、こうも言っていた。

 

「ここが子供たちの部屋で、ここは(ぼくら)夫婦の部屋だよ。下の階からの音が聞こえやすくなっていて、子供に何かあったらすぐわかるんだ。」

 

何やら建築の図面を見せながら言っていた。建築学部の人だったから。

 

たぶんわたしはそれをニコニコしながら聞いていたことと思う。もにもにした変な声で「そうだねぇ」などと相槌を打っていたことと思う。

 

それからあまり月日もたたずに、その誰かは泣きながらわたしの部屋を飛び出していったわけである。「さよなら」って泣きながらドアバーン開けて、夜道に忍びの者のように消えていった。今思うと、別れ際としてなかなかバブリードラマティックである。

 

その誰かのことはもうあまりよく思い出せなくなりつつあるが、果たされなかった約束を思うとうすらさみしい気持ちになる。人生、何度果たされぬ約束を交わすのだろうかと思うと、ちょっと浦島太郎がうらやましくなる。目を閉じて開けるまでの間に、すべて過ぎ去っていて、遠くなっている。「果たされぬ約束も、その相手も、何だったっけ。まあいいや。」ってなると思う。

 

marple-hana1026.hatenablog.com

 

ところで、いまわたしには恋人がいるが、悩んでしまうのは未来の話をどれくらいしてもいいのかということである。いつか隣からいなくなるだろうと思いながらつき合うことほどつまらぬこともないが、「Eternal love………♡」みたいなノリでいくのもうっとうしいだろう。「おじいちゃん、おばあちゃんになってもズット仲良しだょ」などとのたまって、昆布のようにおとなしくて優しいあの青年を困らせてはならない。

 

付き合いたての頃、うっかり酔っぱらって電話をかけて「老後の話」をしてしまったことがある。よりにもよってとんでもなく未来の話である。地元に帰って、高校の同級生たちと飲んで開放的な気分になり、駅のホームで23:20発のおそろしく早い終電(岩手県のみなさんはわかりますね?)を待ちながら声がどうしても聞きたくなってヘロヘロにへたりこみながら電話をかけた。

 

「○○くんさあ、老後はさ、ノーパンで山に分け入ってキノコ狩りでもしようよ。きっとそんな時代になる。絶対にそうして生きられる。ハハッ、本気本気。聞いてる?」

 

いうまでもなく、べろべろに酔っぱらっていた。酔ったときは、内に秘めていることが出るというが、わたしの腹の底は「彼氏と老後にノーパンでキノコ狩りをしたい」という色濃い欲望によって彩られていたらしい。ノーパン、しかもキノコ。わたしは普段かなりおすましして生きているが、腹の底はこんなもんである。煩悩まみれである。

 

こんなことがあっても、あの堅物で真面目な彼がつき合ってくれているのが不思議である。それどころか、誕生日にくれた手紙に「あのときの電話、とてもうれしかったよ」と書かれていて、「なんで?????」と思いながら感動してちょっと泣いてしまった。

 

でも、おそらくあの夜電話で交わした約束は、果たされることはないだろう。 老後のことなんて誰にもわからない上に、ノーパンキノコ狩りである。叶ってしまったほうが変な話である。

 

そんな途方もない約束を交わすのはもうやめにして、最近は微妙に近い未来の約束をするのがいいなあと思っている。「結婚」「出産」「老後」みたいな大それたライフステージの話ではなくて、「今この節約生活が終わったら、駅前で寿司買って、スパークリング日本酒と一緒に飲んでやろうね」とか。「もし次にどこかの駅で降りて、そこにミスドがあったとしたら、お土産に買ってきてね」とか。「今度全然興味のない一番くじを引いてやろうぜ」とか。これだったら別に果たされなくても、なんか大丈夫。

 

最近いちばん自分で気に入った約束は、「冬至にかぼちゃ煮てやるよ」である。すごく微妙である。日本にたくさんのカップルはあれど、冬至の約束をする人は少ないだろう。冬至は12月22日、その日にかぼちゃを食べると風邪をひかないと言われている。嘘くさい話である。そんな嘘くさい話が長年にわたってありがたがられているのは、わたしみたいに「冬至にかぼちゃたべましょうね」と言うこと自体を愉しんできた女たちがいるからだろう。彼も彼で「ぼくはかぼちゃが結構好き。」という何やら間の抜けた返事をした。

 

わたしはいざ冬至になっても、かぼちゃを煮ないかもしれない。でもそれでもいい。果たされない約束だったとしても、彼がかぼちゃを食べられなくて、もしかするとちょっと風邪をひくだけのことである。

 

変なおにいさんとニセの札束

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落ち葉が舞う季節になると思い出してしまう人がいる。

深く関わったわけでもない、ほとんど人生が交わらなかった人なのだけど、どうしても忘れられない瞬間があるのである。

 

わたしは小学校低学年だった。

 

田舎の、周りが雑木林になっている小学校。裏には墓地があった。そこに毎日20分くらいまっすぐな道をてけてけと歩いて通っていた。道にはときどきおかゆのようなものが点々と落ちていて、そのときのわたしは知らなかったのだがそれは酔っぱらった大人の吐いたゲロなのだった。そしてゲロの先にはポツリと養老乃瀧が建っていて、そこに来ると「やっと通学路もあと半分だ」と思うのだった。

 

おかゆをよけて歩くわたしの横を青い影がかすめる。

 

それは自転車に乗った、上下青ジャージのおにいさんだった。背中に竹ぼうきをかついで、酔っぱらっているのかと思うくらいヘロヘロに自転車をこいでいた。それは毎朝のことで、わたしはたまにおにいさんの自転車にひかれそうになった。それにもかまわず、おにいさんは「フフフ~ン♪」みたいに鼻歌をうたいながらヘロヘロと自転車をこいでゆくのだった。

 

そのおにいさんは、皆から「変なおにいさん」と呼ばれていた。

 

校舎につくと、そのおにいさんは一心不乱に落ち葉を掃いていた。落ち葉がない、ただの砂のとこまで全力で掃くもんだから、そのへんの子供たちに砂がザッザッとかかって、逃げられていた。赤らんだ顔、無造作に伸びた髪、青いジャージからむき出しのくるぶし、やせぎすの身体、身体と同じくらい大きい竹ぼうき。ときどき聞き取れないなにかを一人で喋りながらおにいさんはただせつせつと落ち葉を掃いていた。それは本当に毎朝のことだった。

 

おにいさんは知的障害があるようだったけど、まだ小さいわたしたちにはそれがあまりよくわからなかった。大人の体をしているのに奇妙な振る舞いをするそのおにいさんのことが素直に不思議で、みんな無邪気に「変なおにいさん」と呼んだのだった。落ち葉を掃く痩せたうしろ姿に、高学年の子たちがからかいの言葉をかけているのを何度か見た。

 

おにいさんは小学校の卒業生で、毎朝落ち葉を掃きに来るのを楽しみにしていて、学校側もそれを黙認しているようだった。変なおにいさんは、わたしの小学校生活の一部だった。

 

あるとき、わたしはなぜか体育館のそばの暗い廊下にいた。体育館では、自治会の催しかなにかが行われていて、それを見るのが退屈で抜け出していたのだと思う。廊下で掲示物を読んだり、しゃがんだり、壁にあたまをコツコツとぶつけたりして、時間をやり過ごしていると、ワックスがけされた床にひょろひょろとした人影がうつって、顔を上げると例の変なおにいさんがいた。

 

逆光に包まれて、何か聞き取れないことをしゃべりながらおにいさんはにじり寄ってきた。ズリ、ズリと竹ぼうきを引きずりながらこちらに来るおにいさんの顔は目がとても細くて、笑ってるんだか怒り狂ってるんだかわからなかった。いつも目にしている落ち葉を掃いている姿、ヘロヘロと自転車をこぐ姿とは違う、「おにいさんそのもの」が強烈に迫ってくるのだった。日常の一部でもなんでもなかった。

 

わたしはなぜか心臓はグンとつかまれたような恐怖を感じて、息ができなかった。

 

恐怖に震えるわたしに、おにいさんはズイッと手のひらを差し出した。

 

そこには札束が載っていた。

 

「欲しいか?欲しいか?」

 

わたしはヒッと息を飲んで後ずさりした。怖くて頭がおかしくなりそうだった。

 

するとおにいさんが、札束の真ん中をぴっぴっと指さした。

そこには赤い字で「玩具」と書かれていた。

 

しばらくきょとんとして眺めた。おにいさんはちょっとしたイタズラというかたちで、不器用なコミュニケーションをはかろうとしただけだったのだとやっとわかった。

 

するとなんだか一気に安心して、身体中をあたたかい血がめぐりだすようで、そうなると今度ははじけるように大笑いしてしまうのだった。「なんだぁ、おもちゃじゃん!!」と言うと、またその言葉で笑えてきて、おなかの痙攣がとまらなくて笑い声がもっと大きくなってしまう。

 

おにいさんも、心底うれしそうだった。ケラケラと笑うわたしに、ずっと一つ覚えみたいに「欲しいか?欲しいか?」と聞きつづけて笑った。糸みたいに細い目がもっと細くなって、顔は赤みを増していた。

 

笑い声がこだました。

 

それからもおにいさんは毎日落ち葉を掃いていた。あのときの札束のことは、なかったかのように毎日せつせつと掃いていた。わたしもとくに交流をはかろうともせず、ただほうきをしょった自転車のうしろ姿を眺めたり、横を通って砂をかけられたりした。

 

ある朝、おにいさんがいなかった。全校集会が開かれた。

 

「皆さんもよく知っている、毎朝お掃除に来てくれていた○○くんが亡くなりました。黙祷しましょう。」

 

校長先生はそう告げた。

 

おにいさんは、勤め先の工場で機械に挟み込まれて死んでしまった。即死だったらしい。

 

おにいさんが死んだという事実の告げられ方も、とってつけたような黙祷も、あまりにあっけなかった。わたしも何も考えずに黙祷し、「死んだんだ…」と思った。不思議と悲しくなかった。

 

その後も、毎日変わらず養老乃瀧のまえを通り、校庭を抜け、固い木の椅子にじっと座って授業を聞くだけの毎日が淡々と流れていった。周りのみんなは毎日掃除に来ていた変なおにいさんのことを少しも話題にしなかったし、わたしもとくに何も思い出すこともなく過ごした。

 

あるとき、校庭でつむじ風に落ち葉が舞っているのをじっと見ていた。そのとき、それは来た。おなかのあたりに、ズンと暗いものが落ちてきた。「思い出した」という感じで、暗いものが落ちてきた。

 

おにいさんはもういない。

 

ただその事実だけがそこにあって、もうそれ以外はなにもないのだった。あのときニセの札束を見せてくれて二人で笑ったことも、今となってはわたしが覚えているだけで、わたしが忘れてしまえば全部なくなってしまう。おにいさんがいたことすらみんな忘れはじめているし、いた痕跡だってもうほとんどない。ただ落ち葉がそこには舞っているだけで、そのことがどうしようもなく悲しかった。

 

その悲しさは、「おにいさんが死んだ」ということだけに向けられたものではなかったかもしれない。これからいろいろな人とすれ違っていくけど、その誰もが「さよなら」を言えないままいなくなってしまうであろうということ。死んでしまうと、ぽっかり穴みたいなものが空いて、時間がたつとその穴すらなくなってしまうということ。もっと途方もないこと。

 

だとすればあの瞬間は本当にかけがえなかった。

 

なんだか一枚の写真のようなイメージが見える。ニセの札束を持ったおにいさんと、座り込んで大笑いするわたしが真上からとらえられている。それはくすんだ色で、時間がたつとだんだん薄く見えづらくなっていく。

 

いつまでこのことを覚えていられるだろうか。あのおにいさんがいなくなった穴がなくなるのは、わたしの記憶がなくなったときかもしれない。

 

そんなことを考えながらお風呂に入っていたら、間違ってシャンプーを二回もしてしまった。「シャンプーもったいないな」と思ったわたしには、自由に使えるお札がもういくばくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの頃、公文式で苦悶していた

 

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はい。

 

この鞄を見て、一瞬にして時をかけた人も多いのではないでしょうか。「くもん行っくもん♪」でおなじみのくもん学習指導教室のバッグですね。

 

ついこの間、この黄色とネイビーの鞄を持った子供たちが脇を駆け抜けていったとき、まさしくわたしも時をかけました。過去の風が吹いた、と感じました。わたしもまた、かつてはくもんキッズだったのです。

 

齢5歳にして「幼稚園行くのめんどいな」という感覚をもっていたわたしは、割りばしを削る、たんぽぽの茎を割いて水に沈めてクルクルにする、などの地味な作業に明け暮れるだけの空虚な生活をおくる残念なキッズでした。

 

そんなわたしに「○○ちゃん、おべんきょうとかしてみる?」と母が問いかけてきたのがはじまりでした。まるで何のことだかわかりませんでしたが、「おべんきょう」とやらで空虚な日々を埋めることができるのならそう損な話ではないと思い、「よかろう」と答えるとすぐさま母も「承知」とのことで、入塾の手筈がスピーディーに整いました。

 

連れていかれたのは、家のそばのくもん教室ではなく、なぜか車で10分くらい離れた祖母の家の近所にあるくもん教室でした。なるほど、そもそもわたしをくもん教室に通わせるというのは祖母の目論見だったのだなと気が付いたのはしばらく後のことです。よくよく考えれば母はわたしの勉強についてとくに興味がなさそうでした。一方の祖母はまだ幼子のわたしに『雨ニモ負ケズ』を百回書き取りさせるなど、教養スパルタ婆さんとしての才覚を発揮しており、なるほど「幼いうちからくもん式に通わせて賢い子にしよう」という計画を考えそうなわけです。

 

そういうわけでわたしは、まるで幼くて何もわかっていなかった5歳から、心身ともに発育し現在22歳のわたしと大体同じ位の背丈になった小学6年生になるまで、くもん漬けの日々を送ることとなったのです。

 

わたしは数学と国語を選択しました。

 

主に力を入れたのは数学のほうでした。いや、最初はさんすうだったのですが。

 

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5歳の時分は、この大きな7を一生懸命にえんぴつのよれよれの線でなぞっているだけで大いに褒められました。1,2,3,4,5と順番になぞっていって、表ができたらシートをペリッと他のシートから切り離して裏面にいきます。このペリッが子供心に楽しく、どんどん鉛筆は進み、わたしはくもん教室のエリート街道を走り始めたというわけです。

 

わたしはつぎつぎに「進級」し、シートに書かれている文字はどんどん小さくなり、やがて×だの÷だの√だの≧だのが登場するようになり、いよいよめまいを覚えながらシートに向かうようになりました。持ち前の真面目さで「やらなきゃやらなきゃ」と歯をくいしばりながらがんばるうちに、自然とそうなっていったのです。そう、小学生にして高校数学を解くようになったのです。その教室に張り出されている進度ランキングを見ると、わたしの名前、ひどく凡庸な名前が書かれた平たいマグネットが一番上に申し訳なさそうにベタッと貼ってありました。はじめの頃は「負けないぞ~!」などと話しかけてくれた男の子にも、すっかり距離を置かれるようになってしまいました。

 

小学校でももちろん「算数ができる人」として認知されました。クラスの催しで「バースデーカード」を全員からもらったときに、そのほとんどに「計算がはやいね」とか「計算がせいかくだね」などと書かれていて、CASIOが誕生日を迎えたらこんなかんじかしらんと洒落たことを考えながらも切ない気持ちになっていました。あのとき、「○○ちゃんはお話がとっても面白くてたのしいよ」と書いてくれたたった3人くらいの子たちの幸せをわたしは今でも祈り続けております。

 

ところで、わたしはそのとき県内で進度が2位とのことでした。これに教室の先生は大いに喜び、「頑張ろうね、期待してる」と声をかけてくれました。わたしは「いよいよ参ったな」と思いました。なぜなら、そろそろ数学教材がわたしの理解の範疇を超えそうになっていたからです。毎日毎日何時間も放物線を書き、少し休んでは鉛筆で真っ黒になった手を呆然と眺めました。

 

先生に質問に行くと「自分で考えてみて」と返され、そう言われるとわたしはもう教室の隅っこで頭の上におっきな「?」マークを浮かべながら座り続けるしかありませんでした。気が付けば、教室に来てから6時間も座っていました。どうしてこんなにわからないんだろう、わたしは何をやっているんだろう、と自問自答を繰り返し涙をこらえながらじっと座っている。それが小学生の頃のわたしでした。

 

「さすがにもう帰っていいよ、またね」と言われ、引き戸をガラガラと開けて外に出ると夜風がすうっと冷たくて、鼻の奥がツンとするけど、これから向かう祖母の家の冷凍庫にあるパリパリチョコサンデーアイスのことを考えると涙は引っ込んで、バタバタと帰路を駆けたのでした。

 

そう、だましだまし頑張っていたけどわたしはもうすでに限界に向かっていました。そして、理解度が限界に到達すると同時に「中学校進学」といういい節目を手に入れ、先生に引き留められながらもスッパリとやめてやったのです。思い出がないわけではないですが、あのときほど「自由を手にした…!」と感じたことはありません。

 

くもんのことを思い出すと、ひとつ忘れられない光景があります。

 

書いていませんでしたが、わたしの2つ上の兄も一緒にくもん教室に通っていた時期がありました。兄もわたしと同じように、くもんに通うことに大きなストレスを感じていたようでした。そのため、兄はくもん絡みとなるとときどきトリッキーな行動をするようになっていました。教室内にカナヘビ(小さなトカゲのような生きもの)を持ち込んで、解き放ち、教室に悲鳴をもたらしたこともありました。 よく会社員の方などが「会社に隕石落ちねえかな」などと言いますが、まさにその発想でささやかながら実際に行動に移してしまうような深刻な状況だったのです。

 

ある日、わたしと兄はかなり早めにくもん教室についてしまい、外で開くのを待っていました。教室のすぐそばには小川が流れていました。キラキラと光が反射した底浅のその小川を橋の上から見下ろしながら、わたしと兄はなんとなく憂鬱な気持ちを共有していました。

 

兄は橋の手すりにもたれかかり、鞄を持った手をぶらりと小川の真上に投げだしていました。

 

「落としちゃうかもよ」と言うと兄はあいまいに笑うだけでした。

 

すると次の瞬間、ネイビーと黄色の影がシャッと小川へと落ちていきました。兄の手を滑り落ちた鞄は、清らかな水の上をなんとも呑気に滑っていきました。

 

兄は「お、落としちゃった!」などと慌てるふりをしましたが、嘘であるのはバレバレで、その顔は今手に入れた自由をかみしめて輝いていました。

 

そのすぐあとに、兄はわたしより先にくもん教室をやめました。

 

キラキラと輝く小川を流れていった、あのくもんバッグ。わたしのなかでそれは、女神像にも代えがたい「自由の象徴」として心の奥に残りつづけているのです。

 

 

 

 

 

 

 

テトリスに狂った男、父

この世でいちばん暇な人が誰だか、皆さんご存じだろうか。それは、今この地球のどこかでテトリスに興じている人である。


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テトリスとは

いわゆる「落ち物パズルゲーム」の元祖。「上から落ちてくる『4個の正方形で構成された7種類の多角形ブロック』(テトリミノ tetrimino)を操作して、埋まった横列のみが消えるのを利用してテニス(tennis)のラリーのようにひたすら消し続けていく」という単純明快なルールと直観的な面白さで世界規模で大ヒットした。

https://dic.nicovideo.jp/t/a/テトリス

 

4個の正方形からできた4種類のブロックを操作して横列を消していく簡単なお仕事。たいていこれをやる人間というのは、何かを先延ばしにしているか、本気で暇かのどちらかである。

 

寝そべって、ポテトチップスサワークリームオニオン味などを食べながらべとつく手でテトリスに興じている人間がいたら、そういう人間こそ「生産性」で槍玉にあげられるべきだろう。

 

かくいうわたしもついこの間、なぜかうっかりテトリスをインストールしすっかり狂ってしまった。空き時間があれば手が勝手にテトリスを開き、色とりどりのブロックを捌きはじめる。上の方にどんどんブロックが詰まってきて、にっちもさっちもいかなくなると悔しい思いがこみ上げて脳に血がたぎるようで、もう一度やってしまう。なにかやるべきことがあったような気がしても、やめられない。なんだかテトリスのことばかり考えてしまう。テトリスに肉の芽を埋め込まれたかのように。(わたしこれ好きですね)

 

しかし、テトリスをぶっ続けで数時間やってしまい外が暗くなっていたとき、やっと「これはマズい」と感じ、断腸の思いでアンインストールしたのがおとといのことである。テトリスに支配されていた頃のわたしが今は遠く感じる。

 

しかしわたしがテトリス郷に支配されてしまったのは、必然ともいえることだった。それはもともと組み込まれていた「血の宿命」であった。

 

そう、わたしの父こそテトリスを愛しテトリスに狂わされたその人であったのだ。

https://marple-hana1026.hatenablog.com/entry/2018/10/05/父という名の野性

 

このブログにもすでに登場している父であるが、ざっくりどんな人物かを説明しておくと、ずば抜けて無口で野性味にあふれ、何を考えてるんだかあまりよくわからない歯のないお父さんである。仕事は専門的な知識が要る情報インフラ系のことをしていて、なかなか出来るみたいだけど、家にいるときは本当に暇そうである。趣味は夏に鮎釣りをするくらい。家族ともそれほど喋らない。最近は猫に猫なで声で話しかけるなどの変化が見られるようになったが、やはり基本的に無口で暇そうにしていることに変わりは無い。

 

その父が家で見いだした生粋の余暇がテトリスであった。


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まだ携帯がこんなやつだったとき、最初に入っている唯一のゲームがテトリスだった。父はいつも、眉をしかめた「結婚は認めん」顔でひたすらテトリスに興じていた。

 

夜ご飯を食べ終わったらテトリス。コーヒーを飲んでテトリス。風呂から上がってテトリス

 

テトリス特有のあの音楽が休みなく流れた。

 

ある日わたしも暇で、父がテトリスをやっているのを横から覗き込んでいた。母もやってきて反対側から覗き込んでいた。この世でいちばん暇な家族である。

 

父は本当に熟練の動きでテトリスを捌いていた。甲子園いけるくらいの練習量なのだからあたりまえである。ボタンはテトリスによって摩耗されつつあって、決定キーは押すたびにキュッキュッと軋む音がした。だんだんテトリスのテーマ、コロベイニキが速くなっていく。父の指もいよいよ俊敏の高みに登っていく。生唾を飲んで見守るのは、テトリスに興じる男によって生活を守られている主婦とその子供。リビングは緊迫していた。

 

そのとき、それは起こった。

 

ビーン!という音がしたかと思うと決定キーがビヨーンと飛びだしバネがむき出しになった。あまりにテトリスに酷使され、ボタンが限界だったのだ。

 

それまで父の動きに従っていたブロックが制御不能になり、めちゃくちゃに落ち始めた。ストーンストーンとひたすら落ち始めた。

 

父が「ええいクソ!!!!!」と叫んで携帯を投げた。打ちつけられた携帯からはまだテトリスの音楽が流れていた。

 

この一連のことが数秒間で起こった。

 

わたしと母は、テトリスに狂い携帯をぶっ壊した男を唖然として眺めた。

 

それ以来、父がテトリスをやるのを見たことがない。今はスマホ大谷翔平選手について調べるのが生きがいのようである。

 

時代は変わった。

テトリス狂いはわたしに世代交代してしまぅた。

あなたはほうじ茶でアガれるか? おばさん群像劇『滝を見にいく』

「あんただっておばさんになるのよ」

 

 背中にぴしゃりと投げつけられた言葉を払いのけ、「なるもんですか」と思いながらずんずんと生きていくうちに、少女たちは瞬く間におばさんになっていく。「かわいいおばあちゃんになりた~い♡」と言う少女はいても、「ええかんじのおばさんになりてえ」とつぶやく少女はあまりいない。「わたしたちっておばさんだよね~」などと言っているアラサーのお姉さん方も実は自分のことを本気でおばさんだとは思っていない。彼女たちはどこかで「おばさん」はフィクションだと思っている。

 

 いつも「ほどの良いおばさん」として日々働いたり、近所づきあいをしたりしているわたしの母。

 しかしそれでも彼女は言う。

 

「心がね、追いつかないのよ。おばさんなのに」

「気持ちだけはいつでも若いつもりだからさ」

 

 そう、ハートの部分はたぶんあんまり変わらない。ちょっとシミができたり、首のところにざらつくイボができたり、傷の治りが遅くなったりするだけである。心が追い付かないのに、まあなんとなくおばさん然とした振る舞いが妥当なんだろうと思いながらおばさんというフィクションを演じるうちにおばさんとして円熟していく。昔もっていた鮮烈な思いとか、傷つきやすさとかそういう繊細な感情は、ほんのちょっとだけ心に隠しておきながら。みんなそういうおばさんに見まもられてきたのだ。

 

 おばさん然としながら、心にひっそりと少女を飼う。

 

 わたしはやっぱりそうなりたい。感受性が豊かすぎるままでは、とても80年も生きては行けない。何より心が不安定だと他人にやさしくできない。少しずつ心の感度を下げていって、ちょっとガサツでもやさしくおおらかなおばさんになりたい。でもどこかに繊細な部分も残しておいて、自意識過剰で傷つきやすい若者にも共感できるようでありたい。たまに自分の甘酸っぱいところをひっそりと取り出しておきたい。

 

 そういうおばさんになるためにひとつ必要なのは、たのしむ技術である。というより、「勝手にたのしむ技術」である。

 

 他人に自分の価値を求めるでもない、「何か楽しいイベントはないか」と騒ぐのでもない。ひとりで勝手に日々のことをたのしんで、心をうるおしている。気が沈むことがあっても、そういう日々の小さな楽しみで心を修復させて、やっぱりおばさんとして振る舞って他人を少し安心させる。

 

 そういう技術を盗めるのがこの映画『滝を見にいく』である。


映画『滝を見にいく』沖田修一監督による予告編

 

 前置きが長すぎますでしょう?しかもなんか話がつながっているんだかいないんだかよくわからないでしょう?きっとこれはわたしがおばさんになっても変わることがないのでしょう。

 

滝を見にいく

滝を見にいく

 

 

 この映画、簡単に説明するとおばさん7人が「紅葉を見て、滝に感激し、その後は秘湯で至福の時を過ごす」という内容のバスツアーに参加したはずが、業者の不手際により山中で迷い、一晩みんなでいっしょに野宿することになるという内容。

 

 ほんとうにこれだけ。7人のおばさんそれぞれのデティールがしっかり描かれていて、濃密なおばさんあるあるが楽しめる。

 

ameblo.jp

 この方のブログ、おばさん7人をしっかり講評していてよかった。

 

  • 腰に爆弾を抱えたクワマン(桑田さん)
  • クワマンと仲良しでオペラを嗜むクミ(田丸さん)
  • 山野草マニアで写真展への作品を出すために山に来たサバイバルスキルの高い師匠(花沢さん)
  • 師匠をリスペクトし山のルールに従う弟子のスミス(三角さん)
  • ぼんやりとした主婦のジュンジュン(根岸さん)
  • 夫に先立たれながらも彼に影響されて始めたバードウォッチングを続けているセッキ―(関本さん)
  • 昔水商売をやっていた感じのするユーミン(谷さん)

 

 この7人のおばさんが夜中に火を起こしてキャンプファイヤーをしたり、食料をゆるく探したり、なぜか少しだけはっちゃけて縄跳びをしたりするのをひたすら真顔で見る1時間半。一夜にしてけっこう衰弱するおばさんたち。

 

 これだけ聞いていると「観て楽しいのか?」と思うはずである。

 

 しかしなぜか楽しいのである。おばさん一人ひとりに愛を込めて描いているのがよくわかる。中途半端なズボンの丈感とか、サンバイザーとか、バスの中でなんかいろいろ食べているとことか、そういう「おばさん」然とした細かな描写が楽しい。おばさんのガサツな部分、下世話な部分、たくましい部分、もろい部分、憎めない部分、少女みたいな部分。さまざまなデティールが、笑いを誘ったり、切なくさせたり。

 

 いくつか大好きなシーンがある。

 

 セッキ―が山の中で夢を見て、枯れ野原の中に死んだ夫を見つけて「行かないでぇー!」と叫んで目が覚めるシーン。野原のなかをヨタヨタと走るセッキ―。消えていく夫の影。一緒にバードウォッチングを楽しんだ、最愛の夫。先にいなくなってしまった夫。セッキ―は悲しみを抱えながら、それでも呑気な感じのおばさんとして日常を続けていくんだと思うと切なくいとおしい気持ちになる。バードウォッチングを楽しんで自分の心をうるおしながら、悲しみをだましだましで生きていく。セッキ―に幸あれ。

 

 あとクワマンユーミンが山で迷子になったイライラからお互い攻撃的になって大喧嘩に発展し、結局夜中に一緒にヤニを吸うことで仲直りするシーン。二人の大人げない感じがとても人間らしくていい。(バイト先とかにいたら嫌だけど。)二人とも年季の入った吸いっぷりで、これまでの人生遍歴をうかがわせる。「一回ブチキレ合って、また仲直り」って、なかなか大人になってから経験できることではないと思う。一服がもたらした、交わらないおばさんどうしの人生を繋ぐかけがえのないひととき。

 

 最後に一番好きなシーン。

 かなり序盤、まだ山中で迷う前、クミが水筒を取り出しツレのクワマンと一緒に飲むシーン。

 

クワマン「それ(水筒)なに入ってんの」

クミ「ほうじ茶(クチャクチャと何か食べながら)」

 

クワマン「ナァ―イス(低音)」

 

 

 いかがだろうか。このシーンの味わいは実際に見てほしい。

 

 ふつう、人の水筒の中身がほうじ茶だったぐらいで「ナァ―イス」と言えるだろうか。アガれるだろうか。なんでもない水筒の中身のお茶にもちょっとした「差異」を見出し、たのしむ。これこそ、「勝手にたのしむ技術」の真骨頂ではないだろうか。

 

 大好きなエレファントカシマシの「悲しみの果て」という曲のなかにこんな部分がある。

 

部屋を飾ろう

コーヒーを飲もう

花を飾ってくれよ

いつもの部屋に

「悲しみの果て」作詞:宮本浩次 作曲:宮本浩次

http://j-lyric.net/artist/a001cc9/l00cb87.html

 

 乾いた心をうるおし、生きる力を取り戻させるのは、日々の暮らしにおけるほんのちょっとの「差異」である。いつものようにめぐる朝の、コーヒーの香りの微妙な違い、再現しようもない花のかぐわしさ。

 

 しかしおばさんくらいのたのしむ達人になると「コーヒーを飲もう」でなくてもよく「ほうじ茶を飲もう」でもいいのだ。充分アガれるのだ。もっとエスカレートすると「お白湯でも飲みましょ」になるかもしれない。そこまで来たらもう怖いものなしである。何もかもが輝いて手を振るだろう。

 

『滝を見にいく』、おばさんの群像劇として素晴らしいうえに、今後の人生の指針まで与えてくれた。

 

 わたしは今後ものすごいはやさで歳をとるけれど、目指すところはただ一つ。

 シラフでほうじ茶でテンションを上げられるおばさんになることである。

 

 

 

 

クリエイトSDに魂を売った夜

 前に住んでいた町には、クリエイトSDという薬局くらいしか便利な店がなかった。

 

marple-hana1026.hatenablog.com

 

 クリエイトSDというのは神奈川県で幅をきかせている大型ドラッグストアで、日用品から医薬品から食料品までなんでも揃う、トモズとかウェルシア薬局みたいなものである。あの頃のわたしにとって、クリエイトSDはまさに砂漠のオアシスだった。オープンセールのときに配ってくれた栄養ドリンクの味も、ほかではあまり売っていないカトキチほうとうの味も忘れることはない。今では便利タウンにすっかり染まり切ってしまったけど、クリエイトSDが一つ近所にあればとりあえず生活できるのだということをわたしは身をもって知っている。

 

 あの頃のわたしはすっかりクリエイトSDにほだされていて、やれクリポンだのレシートについてくるオマケポイントだのを一生懸命ためていた。400ポイントがたまると現金扱いで消化できるんだけど、そのときの気分は最高だった。「この日を信じてやってきた…」そういうさわやかな気持ちになったのは初めてのことだった。

 

 そもそもドラッグストアというのは、なんだか妙に心落ち着く空間である。洗剤や入浴剤や基礎化粧品がズラリと陳列されているのを見ると、「清潔」という言葉が浮かんで気持ちが良い。プチプライスの化粧品を眺めて、あれもこれもと目移りして結局買わないという不毛な時間を過ごすのも楽しい。お菓子が普通のスーパーより少しだけ安いのを発見すると、ものすごく得をしたような気持ちになる。

 

 クリエイトSDはそういった「ドラッグストアの愉しみ」を満たしに満たしていた。赤いパッケージのチルドのシュウマイが常に80円くらいだというポイントが、とくにわたしの心をくすぐっていた。しかも冷凍食品がつねに半額。プチプラ化粧品の定期的なセールにも余念がない。しかも主にクリエイトSDでしか売っていない「ハートチップル」というにんにく味のお菓子もうまい!クリエイトSD万歳!!

 

 ということで行くたびに長時間店内を徘徊していた。

 

 ある日わたしは彼氏と「アイスでも買いに行くべ」ということでやはりクリエイトSDに来ていた。中井貴一のように贅沢な間の取り方をして話す彼氏と、スローな会話をしながら店内を徘徊。すると妙な感覚がした。彼氏があまりしゃべらないせいだろうか、いつもは気にしていなかった店内BGMが耳を頭を支配して離れない。

 

 


Create SD テーマソング

 

♪ クリーエイト、エ・ス・ディー!(チャッチャ)

♪ クリーエイト、エ・ス・ディー!(チャッチャ)

 

 このメロディーが、歌詞が、わたしを支配してくる。体の底から何かが湧きあがってくる。率直に言って、「踊りたいな」と思った。

 

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ヒッポちゃんとクリエイトテーマソング | ドラッグストア クリエイト エス・ディー

 というかこのクリエイトSDのキャラクターのカバ、ヒッポくんというそうなんだけど、この方が歌っているのだろうか。よくわからないが、とにかくこの曲にやられた。思えばこのときからわたしはヒッポくんに身も心も支配されていた。それまでしこしことポイントをため、ヒッポくんの機嫌をうかがってきたのもこの前ぶれだったのかもしれない。

 

 彼氏と暗い夜道をアイスクリームやプリンを入れたガサガサした袋を振り回して歩く。もう店を出たというのに、あの曲が頭の中で流れていて止まらない。「クリーエイト、エ・ス・ディー♪」 ヒッポくんは脳内に直接語りかけ、わたしの思考を制限し、その代わりにあの曲で満たしていく。「クリーエイト、エ・ス・ディー♪」それ以外考えられないようにしてくる。わたしはもう辛抱たまらなくて歌った。

 

♪ クリーエイト、エ・ス・ディー!(チャッチャ)

♪ クリーエイト、エ・ス・ディー!(チャッチャ)

 

 乾いた夜の空気に響く、歌唱。

 

 しかし彼氏はわたしがすでにヒッポくん支配下にあり、かつてのわたしとは全く異質な存在になっていることなどまるで気が付いていないようで、「その曲気に入ったの?」と優しく微笑みかける。ごめんなさい、恋人よ。愛している、愛していた。しかい今のわたしは内面的に変質を遂げて、もうすでにかつてのわたしではない。HIPPO様に肉の芽を埋め込まれ、身も心もクリエイトSDの繁栄と共にあろうとしている。もうかつてのわたしではない。でもまだ間に合うかもしれない。この頭の中の音楽が鳴りやめば…。

 

 家につき、彼氏はさっそくお菓子を広げる。その背中を見る余裕もなく、わたしの頭の中の音楽が大きくなっていく。HIPPOに植え付けらた肉の芽は深く深く根付き。支配を強固にしていく。どこかからHIPPO様の声がする。

 

 (歌え……踊れ……歌え……!踊れ……!)

 

 もう考えることなどままならず、わたしは彼氏のまえに躍り出ていた。

 

♪ クリーエイト、エ・ス・ディー!(チャッチャ)

♪ クリーエイト、エ・ス・ディー!(チャッチャ)

 

 わけのわからない歌を劇団四季ぐらいの熱量で歌いつつ、サザエさんオープニングにおけるタマのごとき腰振りをしながらズイズイとにじり寄ってくる、恋人のような女を見て彼は何を思っただろうか。世の中には驚くほど些細なことで交際相手に愛想をつかす人がたくさんいる。

彼氏の頼んだ海老天丼の衣が巨大に膨らんでいて、完璧だった彼氏への愛情が冷めた - 鬼嫁ちゃんねる

 

 これは彼氏の頼んだエビ天丼がなんかダサくて気持ち悪かったがために恋心が冷めたという2ちゃんの書き込みである。こんなことで冷める人がいるくらいなのだから、「彼女がクリエイトSDあるいはそのカバに心酔し、訳の分からん歌を歌いながら、素人がらみの気持ち悪いダンスでにじり寄ってくる」というシチュエーションは十分に冷めるに値する。それでももう誰もわたしを止められない。

 

 その後のことはまるで悪い夢にうなされていたようで、あまり覚えていない。HIPPOによる支配も、本当にあったのかどうかすらよくわからない。

 

 今はあの悪い夢のような夜の記憶から逃れるようにして、クリエイトSDのないところに引っ越した。

 

 しかしつい最近、スルリと口をついて「クリーエイト、エ・ス・ディー♪」と歌ってしまい、まだ支配が断ち切られていないことを知る。肉の芽は深く深く根付いている。

 

 

 

信じるか信じないかは皆さん次第ですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅の恥をかき捨てると自我が崩壊する

 ついこの間、所用で箱根鉄道のとある駅に行った。博物館でひとしきり見学したあと駅のホームにたどり着くと、登山の装備をした楽しげな高齢者集団や、ツーリングみたいな恰好なのになぜか鉄道に乗ろうとしている中年集団などがわらわらと憩っていてにぎやかだった。

 

 当然だけど誰も知っている人はいない。

 

 わたしは「遠くまできたもんだ」と思いながら、自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに座って「金属の味がする」と思いながら飲んだ。日差しが強く、黒ずくめのわたしには熱がこもっていて、頭がぼーっとした。

 

 赤いお菓子の箱のような電車がやってくる。この電車に乗って小田原についたら田舎のばあちゃんのために鈴廣のかまぼこでも買って、横浜まで帰ろうと思った。なのに身体が動かなかった。誰もかれもみんな楽しそうに乗り込んでいく。乗らなきゃと思うのに、とりもちでもついているかのようにベンチから尻が離れなかった。

 

 乗り込んでいく人たちに対して、「あ、いま膝に猫乗ってるんで」とまったくわかりきった嘘を心のなかで言いながら、赤いお菓子箱を見送った。

 

「ずっとこのままでいいかな」と思って動きたくなくなるときがたまにある。

 

 居酒屋のトイレで、男性が使ったあとに便座を上げっぱなしにしていることに気がつかず、尻が便器にすぽっとはまったとき。「いつもきれいにご使用いただきありがとうございます」という字を見ながら、「もうずっとこのままでいいかな」とほろ酔いの頭で思ったりした。

 

 ほかにもある。小学生のとき、アイスの実にはまっていた。

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アイスの実 うらごしピューレ入り グリコ コンビニスイーツ日和!

 

 10年くらいまえのよそさまのブログから画像を拝借してきた。そうそうこんなのだった。このカラフルな冷たい玉がきっしりと入っているのが好きで、毎日のように食べていた。

 

 その日はアイスの実をコンビニで買い、我慢できずにすぐに開けて2つくらい食べて残りをカゴに入れて家路に急いでいた。小学生特有のあまり意味のない立ち漕ぎをしながら、急いでいた。しかし立つたびにカゴの中身のアイスの実が気になる。おいしそうなカラフルな玉たちがじりじりと溶けながら揺れている。

 

 気づくとカゴの方に手を伸ばしていた。指がちぎれそうなほどに、アイスの実を求めていた。

 

 するといきなりノーハンド運転になった自転車はバランスを失い、思わぬ方向に進んでいった。景色が変わった。電柱のグレーが視界を覆ったかと思うと、サドルから股間に強い衝撃が加わり、空が見えた。自転車は横転し、劇場版るろうに剣心佐藤健ばりのスライディングを決めて滑っていった。

 

 熱せられたアスファルトには、カラフルな甘い香りのする球体と、わたしが転がっていた。

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 こうして寝っ転がっている間にもアイスの実はじりじりと溶け、膝からは血が染み出していくというのに、起き上がろうとは思えなかった。なんかちょっと素敵なひとときにすら思えた。頭と身体がつながってるんだかつながっていないんだかわからないけど、ぼーっとして心地よかった。

 

 あのときほど、「このままこうしていようかな」と思ったことはない。

 

 とまあ『失われた時を求めて』のごとくどうでもいい人生の断片の回想シーンが走馬燈のように頭を駆け巡って、ホームのベンチで一人死んだ目でコーヒーをすすった。どうでもいい断片である。だれもこんなこと知らないし、知らなくてもよい。

 

 思えばずっと暇な人間だった。暇な幼稚園生、暇な女子小学生、暇な女子中学生、暇な女子高校生を経て、暇な女子大生なのである。しかしインターネットにうといわたしでも、暇な女子大生はすでに名乗られ尽くされているので使用しないほうがベターだということを知っている。本当に暇な女子大生が「暇な女子大生」を名乗ることのできないこの世の中、「暇な女子大生」の再分配がなされるべきではないだろうか。違いますか。そうですか。

 

 なんだかやさぐれたので、ベンチから降りてちょっとウンコ座りをしてみた。ついでにリュックからパンを取り出してかじってみた。足元には飲みかけの缶コーヒー。そして何年かぶりにチッと舌打ちをする。

 

 自分史上最高のワルが出来上がった。普通は缶コーヒーに煙草であろう。そこをわたしはパンである。しかしこれは純然たるワルなのである。だってパンはチョリソーソーセージパンである。

 

 知らない場所で、知らない人がポツリポツリといるなかで、ワルになっている。

 

「いや、誰だよ」と脳内の誰かがツッコむ。

 

 わたしはその声を聞きながら「ずっとこのままでいいかな」と考えるでもなく考えている。