ニートにハーブティーは要らない

ニートにハーブティーは要らない

ニートじゃなくてすみません

教授の「父としての顔」を見てしまった

 

f:id:marple-hana1026:20180922233616p:plain

 

恐れていたことが起こった。

今日、同じ最寄り駅を使っている担当教諭とスーパーでエンカウントしてしまったのだ。そもそもこれまで遭遇しなかったのが運が良かったのか。

 

もともとは、わたしが教授の住む街に引っ越してきてしまったのだ。せっかく家族水入らずで平和に過ごしていたのに、近所をゼミ生がうろうろするようになるなんて教授もかわいそうだ。でも仕方ない。交通の便がよく、家賃が安く、まずまず広く、トイレとシャワーが別々になっている部屋をさがしているうちにその街に住むことになったのだ。教授だけの街じゃないんだ。許せ。

 

教授に「○○に引越すんですよ~」と言ったときは、「出ていけ」と言われた。「もう不動産会社にもお金払ったんです。」と言うと、「金戻してもらって、出ていけ」と言われた。ひどい話である。そんなにわたしが嫌いか。しかもそのとき向田邦子の「かわうそ」について話をしていたので、「僕が住んでいる街で獺祭をやられては困るからね。」とも言われた。人をなんだと思っているのだろうか。

 

教授は50歳くらいなんだけど、そうは見えない。髪がふさふさで黒くて、スタイルもよく、顔も整っている。女生徒からもちやほやされ、同僚のおじさまたちからも「先生はイケメンだから…ほほほ」と持ち上げられている。そして自分でもその立ち位置を自覚していると思えて、プライベートをむやみに明かさないというセルフジャニーズ事務所みたいなことをやっている。単に公私をきっちりわけたい人なのかもしれないけど。そしていつもネイビーのセットアップを着て、セルフブランディングも図っている。

 

そんな教授なので、どうやら所帯じみた姿を生徒に見られたくないようだ。奥さんと赤ちゃんがいるはずだけど、その話をしているのを聞いたことがない。他の妻子持ちの教授は授業中にもさりげなく嫁さんや子供の話をはさもうとする。「授業の話をしろ!」と思いつつも、ちょっとほほえましい。よそでのろけられるのって、女にとってはまんざらでもないことだ。奥さんも幸せだろうと思う。でも教授は一切そんな話をしない。いつもロラン・バルトドゥルーズの話をしている。すこしくだけた場面で、「先生、娘さんですか息子さんですか?」と誰かが聞いてもはぐらかす。

 

でもまあ、「公私をわけたい」、「プライベートを明かしたくない」というのは教授の一方的な都合である。わたしには関係がない。この街に住みたいから住む。それだけである。すでにこの街はわたしの庭だ。教授に会っても胸を張って挨拶してやるぞ、と意気込みながらいつも近所を歩いていた。とはいえ、駅前で教授に似た人を見かけるたびに「ゲッ」と思い、心臓が嫌な動きをした。細身で浅黒くてメガネのひとが駅前にいると、全部教授かと思ってしまう。「卒論の進捗を聞かれたら…」という嫌な妄想がはかどる。そういうときは「やっぱり住むんじゃなかった…」と思ったりしていた。

 

しかし最近は、駅前の「教授っぽいひとたち」にも慣れ、すっかり油断して歩くようになっていった。そんな矢先、スーパーの入り口でのことである。

 

10メートル先に教授がいた。奥さんとおぼしき女性のうしろを歩いていた。抱っこひもで、体の前側に赤ちゃんをくくり付けていた。赤ちゃんは顔を胸にうずめるようにしていて、よく見えない。教授はいつものネイビーのセットアップじゃなくて、Tシャツに短パンにキャップをかぶっていた。50過ぎなのに、若いパパみたいだった。

 

教授と目があった。

 

教授はハッとした表情をしたあと、少し恥ずかしそうに手でシッシッとやった。

 

わたしは立ち尽くして、ニヤニヤしていた。時は夕暮れ、わたしの影は伸びていた。教授は奥さんに続いてスーパーの中に消えていった。

 

これまで教授のイケメン扱いに疑念を呈してきたわたしだけど、あの父親姿には萌えてしまった。「妻子といるところをたまたま目撃して立ち尽くす」というシチュエーションもたまらない。

 

「わたし見ちゃったの・・・。あなた、そんな顔するのね・・・。見たことないくらい、幸せそうだった・・・。」

 

スーパーで買い物するのはやめて、踵を返した。

竹内まりやでも流してほしいくらいだった。

 

 

 

プラスティック・ラブ

プラスティック・ラブ

  • provided courtesy of iTunes

 

 

カムフラージュ

カムフラージュ

  • provided courtesy of iTunes

 

 

駅

  • provided courtesy of iTunes

 

 

思い込みの激しさと見せしめのような叱り方

 今日はすこし暗い話を。

 

 昔担任だった先生が、パワハラで訴えられていた。体罰はなかったものの、行き過ぎた指導があり、自殺の原因をつくってしまったとのことだった。真相がどうなのかはわからないし無責任なことは言えないけど、昔この先生に怒られたとき「こりゃー怖いな」と感じたのを思い出した。単なる回想です。

 

 わたしはそのとき日直当番だったので、クラスメイトの日誌を全員分職員室まで持っていく必要があった。するとクラスメイトのピコリちゃんが「ねーねー私代わりに持ってくよ。サカタ先生に会いたい。」と言ってきた。その子は職員室大好きっ子だった。何人もお気に入りの先生がいて、いつもまとわりついて質問をしているような子だった。なぜかハゲている先生に懐くなど、憎めないところもあった。そんな子が代役を申し出てくれているのだから、わたしも断る理由はなかった。わたしは職員室に行かなくて済むし、その子は大好きな先生たちに会えるしでウィンウィンの関係性。ラッキー!と思いながらその子に仕事を託して、さっさと帰宅した。

 

 次の日の朝礼で、その担任の先生は最初からわたしの方をちらちらと睨んでいた。そして朝礼が終わるころ、「もう我慢できない」という感じでバーンと机をたたき、「おいおまえ!!!」とわたしを指さして怒鳴った。

 

「昨日、おまえ日直だったよな。なんで日誌持って来なかった!ピコリをパシっただろ!!!!!」

 

「いえ、ピコリちゃんが持っていくと自分から言ったんです。」

 

「そう仕向けたんだろ!!!陰湿なことはやめろ!!!人間のクズだぞ!!!!」

 

「いや、だから…」

 

「言い訳は聞きたくない!!!ふざけるな!!!!!最低だぞ!!!!!」

 

 ちょっとラッキーと思って怠けたわたしは、なぜかクラス全員の前でいじめっ子に仕立て上げられてしまったのである。これは思春期のわたしにとってはまずまずつらいことだったと思う。みんなの前で見せしめのように、何を言っても聞いてくれない先生に一方的に怒鳴られ続けているのである。恥ずかしかった。

 

 このとき先生はおそらく悪気がなく、正義感で血がたぎっていたのだと思う。体育会系っぽいオーラがないわたしがもともと気に入らなかったのかもしれない。陰湿ないじめをしそうなタイプに見えていたのかもしれない。そこにパシリ疑惑が生じて、いてもたってもいられなくなったのだろう。

 

 

それでもボクはやってない

それでもボクはやってない

 

 

 

 いきなりクラスメイト全員に対して、自分のネガキャンが行われるという最悪の状況。しかも相手は逆らうのが難しい大人。言葉がつまってうまく反論も出てこない。反論したとしても怒鳴り声がエスカレートするだけだろう。これまた最悪なことに、ピコリちゃんは沈黙を守っている。なんでだおい。「四面楚歌」という言葉が浮かんだ。お気楽に生きてたけど、これはちょっとつらかった。あとで周りの人が「災難だったね」と言ってくれたのが救いだった。

 

 そしてしばらくあとに、学期末の保護者面談があった。うちの母は「担任の先生、あんたのことすごいほめてたよ。成績も優秀で、友達とも楽しそうにやってるって。なにも心配いりませんって。」とうれしそうにしていた。わたしは、「なるほどこうして出世してくのか」と思った。あのときの魔女狩り裁判的なやつはなんだったんだ。あんなふうに叱るなら「お宅のお子さんは、少々人格に問題があるようです」と報告すべきだろう。もうええわいという気持ちになった。

 

 わたしはそれからも元気に学校に通った。でも、あの先生の叱り方をまともにくらって大きなショックを受けてしまう子もいるだろうなあと思う。まして部活の現場ではもっと厳しかったかもしれない。人の傷つきやすさというのにもばらつきがあるし、そのときにおかれている環境によっても傷の深さが変わってくる。疲れていて、視野がせまくなっているときに怒鳴られると、「もう死ぬしかない」と思ってしまうこともあるだろう。

 

 精神的な不調の原因を、過去に親から受けた仕打ちだと考える人は多い。一時期の「毒親」ブームで、一層その傾向は高まった感がある。でも、意外と盲点なのが教師との不和である。子供のころ、教師という身近な大人は絶対的な規律として存在していた。親とは違い、まったくの他人である教師。彼らから受けた否定は、結構深く心に刻まれる。しかし卒業すると、彼らのことなんて忘れてしまう。でも傷だけは残っていて、この精神的な不調は何なんだとなる。それをすべて親のせいだと思い込むとまた違う悲劇が生まれる。

 

 しかもこうした教師との不和は、親にも相談しづらいことである。自意識をもてあました子供は、すぐに「逃げ場がない!」という思考に陥ってしまう。つらいことである。親は「友達とうまくやっているか」ということと同じくらい、「先生とはうまくいっているか」ということを気にするようにしたほうがいいと思う。

 

 あの先生は良いところもあって、慕っている生徒もいた。まあまあ元気に学校に通っていたことを考えれば、わたしもそんなにその先生を嫌っていたわけでもなかったと思う。先生はたまにおもしろいことも言った。でもあのときの理不尽な叱り方は忘れられない。

 

 最近パワハラを訴えられているスポーツ関係者たちは、みな悪気がなさそうである。でも選手たちは精神的にギリギリのところまで追いつめられている。その苦痛の大きさは、与えた側にはまったく想像ができないのである。どこまでがパワハラなのかという疑問には答えがない。されたほうが苦痛を感じたらパワハラである、とすればキリがない。厄介すぎて頭を抱えたくなる。

 

 亡くなった方のご冥福をお祈りして、あとはもう何も考えたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年齢オブジョイトイという暇なハガキ職人みたいな名前が生まれた背景

 

f:id:marple-hana1026:20180919234609p:plain

 年齢オブジョイトイという滑り気味のハガキ職人のような名前でブログを始めて、二ヶ月ちょっとになる。この名前、ダサくて意味不明だけど気に入っている。

 

 ハガキ職人の考える名前って、「どうにかこの世に一つのシュールな名前が欲しい!」という切実さに満ちていて好きだ。彼らは同じ切実さを持つばっかりに、似たような名前になってしまう。まず考えられるのは、「サイケデリック神社」とか、「酒粕ファンタジア」とか、カタカナ語と熟語を無意味につなぎ合わせたおもしろ風の名前である(これには年齢オブジョイトイも属している)。それか日本によくある苗字を無意味に使った、「ピューと吹く小松」とか「凛として三船」などもありそうである。あとは「おかゆは飲み物」とか「はと飛ぶゆうべ」などのほのぼのシュール系など。この世にペンネームは数あれど、ハガキ職人の名前の大半はざっくりと類型化できそうである。

 

 

 「この世に一つのシュールな名前」を求めて、一生懸命考えて、たどり着くのは似たり寄ったりの滑り気味なペンネーム。そのどんぐりの背比べのなかで他人から笑いを取るのは難しい。たまにペンネームだけでおもしろいひとがいるけど、あれはすごいことなのだ。

 

 こうなればもう自分で満足していればいいではないかと思う。わたしは年齢オブジョイトイに満足している。というのもこれは、わたしをかつて大爆笑させた言葉だからだ。

 

 その夜、わたしは親友の部屋で飲んでいた。そこにはわたし(前髪が長い女。よく「奥さん」と話しかけられるのが悩み。)と親友のパン祭り(前髪の長い女。酔っぱらうと「コミケに出店してみたい」というささやかな夢を語りだす。)と、わたしの高校時代の後輩の根暗モグラ(前髪の長いバンドマン。顔が大きく、服装がダサい女が好き。)が居た。この三人で飲んでいると、楽しいは楽しいけどあまり明るい話はなかった。「うまく行かない人は、前髪を切りなさい」みたいな啓発本がそろそろ書かれてもいいのではないかと思った。

 

 みんなてんでばらばらのことをボヤボヤとしゃべっていた。パン祭りは好きなゲームのせないずみという推しキャラについて語りだし、頼んでもいないのに押し入れからグッズを引っ張り出していた。わたしは「歯ブラシにも、キモい歯ブラシとキモくない歯ブラシがある」という意味不明の話をしていた(わたしの思うキモい歯ブラシ

http://www.cainz.com/shop/g/g4901221819609/ただし磨き心地はめちゃくちゃいい)。根暗モグラは何を言っていたか覚えていない。調布に住んでいることは覚えている。

 

 そんな各人が好き勝手に思いついたことを口にするまとまりのない空間で、互いの顔を見ることも忘れていたけど、ふとパン祭りの方を見ると妙なポージングをしていた。M字開脚をするようにしゃがみ、首をふくろうのようにもたげ、「uh-huh?」みたいな表情をしてこちらを見ていた。そのアーハンの表情と、見事なM字開脚が面白くて、「なんかインリン・オブ・ジョイトイみたいw」とろれつの回らない口調でつまらない事を言った。するとアーハン?の表情のまま「ハァ?年齢オブジョイトイってなんだよ」とつぶやくように言った。もう誰も会話をする能力を持っていなかったのだ。

 

 でもなぜか1秒後には全員が「年齢オブジョイトイ」という言葉に爆笑していた。「なんだよそれ笑」と、思考停止の三人はまるでそれしか知らないかのように笑い続けていた。出口を失った感情をすべて「年齢オブジョイトイ」という、偶然発生した謎の言葉が吸収していた。みんな「いや、年齢オブジョイトイって何だよ!」と言っていれば、交わっていられるような気がしていた。わたしは年齢オブジョイトイをブログか何かのペンネームにしていいかと、パン祭りに許可を求めた。パン祭りも「忘れないように書いとけよ」と紙切れを渡してきて、それに汚い字で「年齢オブジョイトイ」と書いた。

 

 翌朝、ポケモンかなにかのぬいぐるみを抱いて寝ているパン祭りにそっと別れを告げ、根暗モグラとわたしは駅まで歩いた。最悪の口内環境を和らげるため、コンビニに寄り各自お茶やガムなどを買った。駅に着くと、根暗モグラとは反対方向の電車に乗った。昨日あんなに笑ったのがまぼろしのようだった。

 

 ガムの包み紙を探してポケットに手を突っ込むと、ボロボロになった紙切れが出てきた。「年齢オブジョイトイ」と書かれてあった。たしかにあの部屋で笑っていたのだ。あんなにおもしろかったのに、翌朝にはこんなにおもしろくなくなるなんて。さみしいなあと思った。でもペンネームにするって決めたのだからちゃんと使おうと自分に誓った。

 

 今はなんだかんだ「年齢オブジョイトイ」を気に入っている。おもしろいとかではなく、なんか良い感じだと思えてくる。言葉って、発した直後は「すっごいイカすこと言った」と思っていても、少し経つと「さっきのダサかったな」と恥ずかしくなり、また時間がたつと「まあまあ良かったかも」と思えるようになる。そしてブログに書いてる日記もそうなのである。その一瞬恥ずかしくなる段階のときに、勢い余って消したりなんかするとあとで「やっぱ結構よかったかも…」と思えてきてしまうのだ。だからどんなめちゃくちゃなことでもちゃんと残しておこうと思う。「年齢オブジョイトイ」も変えないでおこう。

 

 

 

覚醒・暴れメガネ★★★★★

 

f:id:marple-hana1026:20180918000046p:plain

 朝、ゴミ出しをしたついでに近所を散歩していた。前住んでいたところと違い、ほどよく人がいてにぎわっており歩きがいがある。そのときのわたしは、筒みたいなまっすぐなワンピースにサンダル、家用にしているウディ・アレンみたいな変なメガネをかけた近所仕様だった。たまにそんな恰好でスーパーに行くと、不動産のひとが勧誘してきたりする。わたしとしては「よくこんな金のなさそうな人に声かけるな…」と思っている。

 

 そんなくたびれたマダムスタイルでなだらかな坂道をゆっくり下っていると、向こうから小さい男の子が母親に手をひかれて歩いてくる。嬉しそうに母親の方を見上げ、あれがあるよこれがあるよと報告しているようだ。電柱やコンビニを指さしては、何事かを元気にしゃべっている。母親もやわらかい笑顔で見おろしている。幸せそうな、ほほえましい親子だ。

 

 親子とわたしがすれ違う直前、男の子がニコッと笑ってこちらを見た。わたしも思わず癒され、あら何かしらと微笑んでそちらを見た。

 そして男の子が言った。

 

「暴れメガネ」

 

 え、何ですか?パードゥン??パードゥンパードゥンパードゥン???

 

 それも母親への報告だったようだ。おそらく視界に入れたものを全部言葉にして報告しているのだ。だとすればこのわたしは「暴れメガネ」で間違いない。一瞬でもほほえましい親子だと思って和んだのが間違いだった。

 

 たしかにメガネはかけている。悪いか。近所に出るときくらいコンタクトじゃなくてもいいだろう。しかし「暴れ」とは何だ。すれ違うその刹那に、どんだけ人の内面に踏み込んでくるんだ。何、本人も自覚していない潜在的な特性に言及してくれてるんだ。わたしのどこが暴れてるんだ。わたしの何がわかる。いや、この日を待っていた気がする。ずっと自分の置かれた居場所に違和感を感じてきた。メガネをかけると、その重みとともに自分のなかの抑えきれない凶暴な衝動が湧きあがるのをどこかで感じていた。いま、その力を開放するときなのかもしれない。

謎の透視能力をもった少年に、すれ違いざまに名づけられたわたしはそのとき「暴れメガネ」として覚醒した。このメガネの中に、もうあなたは映らない。もう誰も、わたしを止められない・・・。

 

  こんな妄想をしながら家まで歩いた。

 

 鏡に映ったわたしはやつれメガネで、まったく迫力がなかった。そして男の子は「暴れメガネ」ではなく「アラレメガネ」と言ったのだと気が付いた。

 

 

 

 

 

近所にあってほしい外食チェーンの布陣を考える

「ちょうどいい」外食チェーンを考える

 引っ越して一か月くらい経ち、新しいまちにも慣れてきました。買い物場所、おいしいラーメン屋、コンビニの配置、この地でのあらゆる暮らしのノウハウを蓄積しつつあります。駅から近いし、スーパーも薬局もコンビニも充実しているし、食べ物屋は多いしで、とっても便利です。前はファミリーマートしかない場所に住んでいたこともあり(過去記事かべがないアパートがあったなら - ニートにハーブティーは要らない)、便利すぎて罰が当たるのではないかと不安になったほどです。

 

 しかし、駅徒歩圏内の外食チェーンにはやや不満があります。ロイヤルホストなんて高いから日常使いしないし、かといって日高屋は「熱烈中華食堂」とか言ってて入りづらいし、ケンタッキーは半年に一度で満足するし。なんというか「ちょうどいい」店が少ない。というわけで、近所にどんな外食チェーンが揃っていたら嬉しいか、アホらしいけど妄想してみました。

 

やよい軒(定食)

www.yayoiken.com

 大戸屋と迷いました。しかしご飯がおかわりし放題なこと、肉野菜炒め定食やチキン南蛮定食など安くておなか一杯になれるメニューが多いことを評価し、やよい軒を選びました。やよい軒では「おかずスティール」という凶悪犯罪(ごはんをお代わりしている間に何者かにおかずを盗まれること)が日常的に行われているので、気が抜けません。嘘。

嵯峨谷(そば)

travel-noted.jp

 初めて渋谷の嵯峨谷で食べたとき、満足度に驚きました。そばはもちろん、枝豆か何かが入ったサクサクのかき揚げがおいしかった。しかもプレミアムモルツが200円くらいで飲めるのがうれしい。「そばの気分」というのは定期的に訪れるので、嵯峨谷が近所にあったらヘビーユースすること間違いなし。

スシロー(寿司)

www.akindo-sushiro.co.jp

寿司の気分のとき。昆布〆ひらめを二皿と、エビアボカドを一皿、生たこを一皿、ジャンボほたてを一皿の計五皿を食べて、お茶すすって帰る。

びっくりドンキー(ハンバーグ)

www.bikkuri-donkey.com

 実は地元の誇りなびっくりドンキー盛岡市にある「ベル」(https://tabelog.com/iwate/A0301/A030101/3000238/

びっくりドンキーの本店なんです。レトロ喫茶のような雰囲気の店内で、ハンバーグやポテトやパフェを食べるのが盛岡の高校生の青春です。わたしはカリーバーグディッシュか、チーズバーグディッシュ。駅徒歩30分までなら頑張って歩くかもしれないくらい大好物。なぜかビールやコーヒーにもこだわっていて美味しい、何がしたいんだかわからない独特のチェーン店です。

サイゼリヤ(イタリアン、洋食)

www.saizeriya.co.jp

 地元になかったので、はじめて行ったとき安さに衝撃を受けました。こんなに安いなんて、カイジみたいな強制労働施設でひたすらエスカルゴや柔らか青豆を作らせられている人がいるんじゃないかと心配したほど。これだけ安いので、近所にあれば通うと思います。

サイゼリヤは、なぜ低価格を続けられるのか | 外食 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

サイゼリヤには一定の「通な客」が存在していて、彼らのチョイスを見るのがとても楽しいです。

inadashunsuke.blog.fc2.com

 とくにこれ、面白いっす。まず前提としてサイゼリヤを「ディナーレストラン」と呼び、オススメのディナーコースを考えてくれています。読むたびサイゼリヤに行きたくなる魔法のブログ記事。

なか卯(親子丼、牛丼、うどん)

www.nakau.co.jp

 親子丼を食べる場所です。調子にのってうどんとセットにしますが、蛇足だと最近気がつきました。代わりに唐揚げをプラスしたほうが満足度高いです。高校生のころ、せっかく修学旅行で京都に行ったのに、同じ班の人がお腹空かせすぎて一番近くにあったなか卯に入ることになってしまったというトホホな経験があります。京都ではあえて入りたくなかったけど、近所にあったとしたら便利な店です。

大阪王将(中華)

餃子専門店の心意気 大阪王将

 王将と言うと「餃子の王将派か、大阪王将派か」という議論になりがちだけど、単に大阪王将しか行ったことないのです。案外生活圏には無いのでさみしく思っています。なのに代官山に行ったときはあったりして、「なぜ代官山に…」と悔しい思いをしています。ぜひ近所にあってほしい。基本的に餃子と、天津炒飯と、唐揚げを食べる場所だと思っています。

バーガーキングハンバーガー)

BURGER KING®

 ワッパーというでかいハンバーガーを食べる場所です。「アホな味」の気分のときはバーガーキングで決まりです。本当はクアアイナとかの方が美味しいのはわかっています。しかし近所にあったら日常的に入るのはバーガーキングでしょう。店舗数がどんどん少なくなっていってるのが心配です。

サブウェイ(サンドイッチ)

www.subway.co.jp

 サブウェイも店舗数が減り続けていて心配です。近所にあれば「サブウェイの日」を 確認しつつ、定期的に通います。生のピーマンがもりもり入ったサンドイッチは、「今日はこれで栄養面大丈夫」と思わせてくれます。エビアボカドをフラットブレッドで挟むのがお気に入り。

リンガーハット(長崎ちゃんぽん、皿うどん

www.ringerhut.jp

 野菜が摂取できる感じがして好きです。定期的にあのコーンが入った皿うどんが食べたくなる。酸っぱいソースドバドバかけながら食べるのが最高。

 

f:id:marple-hana1026:20180916191345p:plain

食べたくなってきませんか。

 

こんな布陣は無理

こうして自分的最強の布陣を考えてみましたが、夢のまた夢だなと思います。これらの店が揃っていて、なおかつ居住環境が整っている地域などあるわけありません。しかし妄想はいくらしても大丈夫なので、暇なときに考えてみるのは結構オススメです。永遠に考えられます。友達と話し合ってみると、意外な盲点が浮かび上がったりして面白いです。わたしのこの布陣を教えたら「丸亀製麺がない時点で終わってる」とか「日高屋をなめるな」とか様々な意見をもらえました。わたし個人としては、あと一つ足すならカレーショップC&Cがいいです。

 

 

昔ながらの銭湯って、番台から裸丸見えなんですね

超絶レトロな銭湯、太平館

今日は兄が「下町のレトロな銭湯に行きたい。アッツアツの黒湯がいい。」と言ったので、少しだけ足をのばして太平館に行ってきた。

 

f:id:marple-hana1026:20180915220723p:plain

k-o-i.jp

 

いや、本当に昭和で時止まってた。

 

まず玄関で靴を脱ぎ、木札を抜き差しするタイプの靴箱にいれる。

 

すると、そこですでに男女ふたまたに別れ、両サイドから番台に接することとなる。大人ひとり470円。そっけなくお金のやり取りをしてくれる眠そうなじいさん。「まいど」と言われ、一歩足を踏み入れる。

 

さて、脱衣所はどこでしょうとあたりを見回すと

 

そこはすでに脱衣所であった。

f:id:marple-hana1026:20180915213605j:plain

番台のもとから歩くこと一秒、もうそこは脱衣所であった。番台からはもちろんがっつり丸見えである。じいさんはほぼ寝ているような、究極の省エネ状態にあったけど、それにしてもちょっと気になってしまう。

 

「え???」と思って立ち止まっていると、後ろから来た婆さんがザッと豪快に服を脱ぎ始めた。負けてられるか、ということでわたしもバッと服を脱いだ。何十年も銭湯を守り続けている番台にとって、裸体など塵ほこりのようなものだろう。

 

思いがけない昭和の洗礼を受け、ひとつ大人になった。

 

そしてお風呂も昭和そのものだった。

 

まずもってシャワーの湯がとんでもなく熱い。わたしは「ダァァ!アツッ」と叫びながら、わしわしと髪を洗った。横ではどこかのおしゃまなガキんちょがケケケと笑っていた。途中からは「ケロリン」と書いた風呂おけで、水と湯をちょうどいい塩梅でブレンドして溜めて、それで体や頭を流していた。「なんて玄人向けなんだッ…」と興奮しながら、体を熱湯で赤くしつつ洗い終えた。

 

そして肝心の湯。

 

どす黒かった。魔女が煮立てているせんじ薬のような液体が、ぶくぶくと泡を立てている。すこし面食らうけど、銭湯好きの間では評判の名湯らしい。

 

片足を突っ込むと、Wow、アッツい。

ゆっくり茹で上がって身がほくほくになりそうなアツさ。

 

隣で小さいガキんちょも平気そうにつかっているので、なんとなく意地になってつかる。しかし肩までつかると慣れてくるもんで、気持ちよくなってくる。内側から身体が温まって、肩甲骨あたりの張った感じも和らいだ。この黒い湯、おそらく肌にめちゃんこいい。少しざらついていた二の腕がすべすべしてきた。

 

隣は銭湯の定番、ジェットバス。絶妙にツボを刺激してくる。足の裏、ふくらはぎの裏、腰の下の方、肩甲骨の埋まりがちな部分。それらに勢いよく湯が押し当てられる。思わず「あぁ~~」と声が出る。ガキんちょもなぜか真似して隣に来る。

 

しかし毎回疑問なんだけど、なんでこのジェットバスはこんなに身体がかゆくなるんだ。血行がよくなるから?角質が落ちるから?とにかくわからないが、このジェットバス痒い問題は、あきらかに回転率に貢献している。どんなに好きでも長時間はできない。

 

ああもう死ぬというとことまで湯につかり、ケロリンに溜めた水を頭からかぶる。

 

ッカァ~~~~~~!!!!!

 

最高に気持ちいい。これをするために生まれて来たんだろうかと思う。

 

風呂を上がると、びっくりするほどレトロな道具たちが出迎える。最初は番台から丸見えなことに気をとられていたけど、一回10円のツボ押しマッサージとか、えんじ色のけんすいをやる器具とか、パーマかけるときみたいな髪乾かし機(おかまドライヤーと呼ぶそうです)とか、とにかくすごい。ガキんちょと競い合うようにして懸垂をしてきた。わたしはこのあとビールを飲むんだぞと心のなかでガキんちょに自慢する。

 

髪もろくにかわかさずに番台のじいさんに「どうも」と言って外に出ると、風が優しい。兄はシャンプーを忘れ、30円で花王のホワイト石鹸を買って頭からつま先まで洗ったらしい。それもまた銭湯。

 

外に出ると、さっきの空間はいったい何だったんだと不思議な心持ち。

 

変わらずにあってほしい、昭和の名湯太平館。

 

 

 

架空の天才子役そよかぜちゃん

兄の話をしよう。

 

明日の早朝、なぜかはるばる青森からわたしの家に来るらしいので、思い出を振り返りたくなった。

 

兄は色が黒く、太っていた。高校のときはラグビー部だったが、兄こそがラグビーボールのようだった。

f:id:marple-hana1026:20180914184907j:plain

ハンバーグ&ステーキレストランチェーン | ビッグボーイジャパン

 

顔はこのビッグボーイのキャラクターを色黒にした感じで、すこしバタくさかった。

 

わたしの通っていた高校は、入学したての一年生の試練として、上級生がさんざんいびってくる厳しい応援練習があった。そのとき兄の同級生たちが「ゴリラの妹はどこだ」と見物しに来た。そして「あんまり似てなくてつまらない」と解散していった。

 

兄はわりとナメられてはいたが、おもしろいキャラとして存在していたらしかった。でも学校にいるとき以上に、家庭内での兄はひょうきんものだった。毎日のように謎のネタみせタイムがあった。

 

わかりやすく言えば、ロバート秋山YouTubeに公開しているクリエイターズ・ファイルみたいなことを、家族に向けて何年も前からやっていた。しかも秋山がよくやる赤ちゃんみたいな笑い方を、先にやっていた。

 

兄はいくつもキャラを持っていた。

 

あるときは、デカくてトロいが怪力で、小さな生き物たちを守っている善良な森の怪物だった。兄は、トロールのように「ウォゥ…」と低音で唸るように鳴きながら、その怪物を演じていた。ストーリーとしては、星野リゾート的な会社が森を破壊しに来て、必死にそれに抗おうとするも、最後にはすべてを悟ってリスやウサギなどの小さな生き物たちを胸いっぱいに抱えながら森と共に姿を消すというものだった。これはあまりの切なさに泣いた。そしてふと我に返った。「こいつ(兄)何やってんだ」と。

 

そのほか、なんでも介入してくる親戚のおじさん、一日白菜一切れで地下収容所で強制労働させられているひと、地獄で行われているダンストーナメントの司会の鬼など多彩なキャラクターを披露してくれた。そのどれにも不気味なほど感情がこもっていた。笑いつつも「兄はちょっとおかしいのでは」という一抹の不安を抱えたこともあったが、兄は滞りなく学校生活を送っているようだった。

 

あるとき、兄に天才子役が憑依した。絶賛色黒ゴリラ中だった、高校生の頃である。

 

そのときはるかぜちゃんこと春名風花さんという子役が、ツイッターを中心に炎上して注目を集めていたことに影響を受けたのだと思う。

 

唐突に「そよかぜちゃん」を名乗りだした。

だみ声で、「そよかぜちゃんは、大人の言うことを聞きます!」とか言っててコワかった。そよかぜちゃんから丁寧にヒアリングすると、心の奥底では大人を信じていないこと、泉ピン子に憧れていることなどが明らかになった。そしてSNSできちんと顔を出して、意見を発信することの重要性についてそよかぜちゃんなりの見解を述べてくれた。ここまで、幼くしてアンチを抱えながらもしたたかに芸能界をわたっていく覚悟をもった天才子役に憑依できるだろうかとわたしは驚嘆した。あまりに兄はイカれていた。ときどき兄も我に返って、「こういう子役いるよね」といったことをもごもごと言うのだけど、それにしてもイカれていた。

 

兄は愉快なひとだが、こんな調子なので常に親が心配していた。大学に入ってからは、一年生の頃に主にパチンコなどで好き勝手しすぎたため、めちゃくちゃ厳しい歴史ある学生寮に強制的に送り込まれていた。(今はむしろ親にまったく心配されずに育ったわたしの方が、ヤバめの状況になっている。親よ、すみません。)

 

兄は親の心配を裏切り、サササッと勉強して国家公務員になった。

自称そよかぜちゃんだった兄が、お国のために働いているのだ。

この国ははたして大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おじさんが出す「ンチッ」という舌打ちみたいな音は何なのか

おじさんの舌打ちの威力

f:id:marple-hana1026:20180913223540j:plain

たとえば朝の新橋駅。JRから銀座線へ乗り換える通路の、あのとんでもない大混雑のなかで人混みに飲まれているとき、真近くにいる他人の口から発せられる音がハイレゾかよというくらいにクリアに耳を刺激してくることがあるだろう。それが生暖かい吐息であっても構わない。お互い様である。しかしそれが舌打ちだと最悪である。

 

舌打ちほど心をざわつかせるものはない。

「あらやだ舌打ち」という動揺と、「イライラしてるのはみんな同じなんだから!」という憤りといった感情に使うエネルギーがもったいない。舌打ちには負の感情を伝染させる魔力がある。

 

舌打ちした人の顔をつい見てしまうことがある。

 

すると思いがけず、イライラとは無縁の呑気そうな顔をしていることがある。これが3秒前に舌打ちをした人の顔なのかと、一瞬疑問に思う。いや、これは舌打ちしていない人の顔だ。ということはさっきの音は何なんだとなる。

 

わたし調べによると、中高年男性はしばしばまったく悪気なく「ンチッ」という舌打ちもどきの音を発する。本当にまぎらわしい。こうした舌打ちもどきに心を乱しているようでは、わたしはこのコンクリートジャングルを生き抜いていけないだろう。日々鍛錬して、ホンモノの舌打ちを目の当たりにしても揺るがない強靭な精神だけでなく、舌打ちもどきを瞬時に見破る洞察力を身につけていくべきだろう。

 

中高年男性がこのような音を出すシチュエーションはいくつかある。

 

CASE1 食後の口内の粘つきを気にしている

なんとなく粘性の高い「ンチッ」を出す男性はおそらくこのケース。朝のラッシュはナイスミドルたちが奥様のつくった朝ごはんを食べ、バタバタと家を出て、ちょうど口内が粘ついているタイミングだったりする。

CASE2 何かが歯に挟まっている

これは一番多いのではないだろうか。単なる独断と偏見だけど。これに関しては人類共通。ついわたしもやってしまいたくなるときがある。ほうれん草とか歯に挟まるし。

CASE3 なんとなく気合いを入れるタイミングで音を出したい

茶店などで煙草を吸いながらコーヒーをすすってたナイスミドルが、唐突に「ンチッ」と鳴らし、ものすごくキレのある動きで立ち上がり、風のように消えていった。こういう場合の「ンチッ」は、何らかの気合い入れの意味をもっているのかもしれない。「よし、いっちょいくか」という声にならない気合いを、「ンチッ」に込めている。

CASE4 本当に無意識で、自分でもなんでやっているのかわからない

ほんとうに唖然としたような表情で「ンチッ」を繰り返しているおじさん。まさに無心といった感じ。おそらく「その音は何ですか?」と聞いても、「え、私音なんて出してました?」と返してくるだろう。

CASE5 隣にいるおじさんがやっているから、自分もやろう

この「ンチッ」は、ときにすさまじい伝染力を発揮する。よく試験会場などで一人が咳ばらいをすると、連続して数人がゴホゴホやりはじめるという現象が起こるけど、まさにああいった感じである。「あ、俺もンチッやりたかったんだよね」と言わんばかりに、まったく要らないアンサンブルが電車内に沸き起こる。それにあからさまにイライラしてプリプリしている女性もセットで地獄の様相である。そしてそれを興味深く見ているわたしの気持ち悪さも。

 

 

以上が今のところ確認できている、「ンチッ」シチュエーションである。これらを常に頭において、目の前の状況を整理し、それが舌打ちもどきなのかを冷静に見定めていこう。