ニートにハーブティーは要らない

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ガバガバのブログです

ハムをつまみ食いするときの焦りについて

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 夜中、どうにも小腹が減ってキッチンまで這っていき、冷蔵庫を空ける。暗闇に浮かぶスペースコロニーみたいな光の中に、ハムを発見。明日、サンドイッチにしようと思っていたそれを迷いなく開封し、1枚をべろりと食べる。ハム独特の水あめの甘さと、かどのとれた塩気。冷たく、つるりとした食感。「あと1枚なら」と思いながら、乱暴に袋のビニールをべりべり広げる。ハムをもう1枚剥がそうとする。なかなか剥がれない。気がはやる。ああもう、と思いながら袋のビニールをますます大きく広げる。ここでふと、「なんでわたしこんなに焦ってるんだろう」と思う。


 ハムの記憶は子供の頃に遡る。


 夏のお中元に、暮れの元気なご挨拶。それらとともに、スペシャルなハムの塊が家にやってくる。母は少しもったいぶって、冷蔵庫の中の出し入れしづらいところにその薄ピンクの肉塊を入れる。「これはうまいやつだから」という位置にハムは置かれ、わたしはその存在を気にしていないふりをしつつものすごく気にしている。ハムが仕舞われる一部始終を、心の目でじっとりと見つめる。


 母が買い物に出かけたとき、わたしのすることはたった一つ。冷蔵庫に忍び寄り、薄ピンクの肉塊を取り出す。食べたことがわかりづらいように、ナイフで薄くそぐ。母が帰って来まいかとはらはらしながら、むっちりとした繊維質のハムをかじる。もう1枚、と思いながらまた薄くそぐ。そのうち母の車の帰ってくる音がして、もうハムを仕舞わなきゃいけないのに、もっと食べたくてナイフを動かしてしまう。焦りがハムの旨味を加速させる。玄関先で母がごそごそやる音が聞こえて、汗が出てくる。いつかのCMで天海祐希か誰かが、キッチンでハムを切って食べて「これこれ♪」なんて言ってた気がするが、そんな生やさしいものじゃない。もうやめなきゃいけないのに、全身がハムを欲望している。それでもギリギリのところで冷静になり、お粗末にハムを包んで冷蔵庫に戻し、流し台に脂がべっとりとついたナイフを置く。


「おかえり」
「ただいま」


 母はわたしのしたことなどすぐわかる。
小さくなったハムを見て、あれあれなどと言いながら夜ご飯の支度をはじめる。あれほど焦ったのに、ハムをつまみ食いするのは大した罪ではないのだった。


 それにしても、朝食にそれがちんけなハムステーキとして出たときの興醒め感ったらない。椅子に座って行儀よく噛みちぎるハムは、キッチンに突っ立って、焦りに駆られながらも強い欲望に動かされてむさぼり食うハムのうまさには勝てない。


 いまだにハムをつまみ食いするときに焦ってしまうのは、ハムを堪能しようとする無意識の工夫なのかもしれない。焦れば焦るほど、ハムはうまい。それは疑いようがない。


 サンドイッチ用のハムは残らなかった。

今ごろ自分の家が燃えているんじゃないかと思う

 夜、自宅までの坂道を登っていると、背後からサイレンの音が追いかけてきてどんどん大きくなったかと思えば、3台ほどの消防車が立て続けにわたしを追い越した。音はゆがみながら遠ざかり、そのままわたしの家と同じ方向に消えていった。


「わたしの家燃えてんじゃないかな」


 鼻先にじりじりと燃え残った焦げのような匂いがする気がするけど、それが火事のせいなのか夏の始まりのせいなのかはわからない。朝、めずらしくヘアアイロンを使った。時間もなかったのになぜか炒め物も作った。濡れた手でコードを触った。隣の部屋の老人がタバコを吸ってるのを見た。アパートの周囲は植え込みに囲まれている。すぐにあの築40年の木造アパートは炎に包まれるだろう。家を出る前に見た全てのことが伏線のように思われ、疑惑は確信に変わる。


「燃えてんなこれ」


 こういうときにわたしは、ちびまる子ちゃんの永沢君を思い出す。たまねぎ頭に特製サイズの帽子をのせ、他の子供たちの無邪気な放言に陰鬱でひねくれた横槍を入れる彼は、重く悲しい過去を背負っている。

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 彼は火事で家を失った。家族と過ごした大切な家、思い出の品が燃えているのに、瞳に炎を映して立ち尽くすしかなかった永沢君。彼は他の子供たちよりずっと早くずっと深く、世の儚さを知ることになる。

 残酷なのは、クラスメートだ。独善的な学級委員長の丸尾がいきり立ち、「永沢君をはげます会」を強引に開催する。はまじなんて「新聞に載ってよかったじゃん」など、(ギャン!)と効果音がつきそうなほどむごい言葉を浴びせる。皆が引きつった笑顔で永沢くんに順番に励ましの声をかけおわったあと、わたしの中ではちびまる子ちゃんで嫌いなキャラトップ8には入る丸尾が再び無神経なことを言う。

丸尾「どうですか永沢君、少しは元気になりましたか!?」

 もう何も言うなよ。一生そうやって、他人の気持ちを想像できないまま生きていくんだろうな、おまえは。ある意味楽だよな、そういうのって。ちっともうらやましくないけどさ。何が「はげます会」だよ。おまえに永沢の何がわかるんだよ。

 瞳に怒りの炎を宿しながら、結局全然燃えてなかった自宅アパートのドアノブに手をかける。サイレンの音はもう随分遠くで鳴っている。

「みんなはいいよな……火事にならなかったんだから……」

 永沢君の声が背後から聞こえる気がする。

原稿が不安で泣いた夜のチョコミントアイス

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 毎日爪が0.01㎜ずつのびる。それを1週間に1回はパチンパチンと切る。切ったあとは指先に新鮮な空気が触れるようでスッキリする。コーヒーでも淹れようと思って立ち上がると、足の裏にチクッと痛みが走る。足の裏にはクルンとしたアーチ状のくすんだ爪がぴっとりとへばり付いている。


 自分の書いた文章というのは、このパチンと切り捨てた爪に似ている。かつての自分から出たものなのに、全く親しみを感じないばかりか少しうとましい。それどころか、自分で書いたものなのに、読みながらちょっと傷ついたりもする。かたちのいびつさに恥ずかしくもなる。ゴミ箱にポイしたくもなる。それはいつだって過去からの刺客だ。


 仕事で原稿を書いた。


 会社の先輩に「やってみる?」と言われたときは、ツヤツヤのコシヒカリのような笑顔で二つ返事で請け負った。そんなに大切な仕事を新入社員に早速やらせてくれるなんて太っ腹だなと思った。先輩はわたしの文章が思ったよりも酷かったら徹夜で直してあげると言った。そうなったら怖いな、と一瞬思ったが、やる気がみなぎってきた。


 それからは目まぐるしかった。専門家に会って勉強して、取材に一緒に行く人と打ち合わせをして、二泊三日の取材旅行に出かけた。車でも新幹線でも目上の方たちと常に一緒。飲み屋に行ってビールを飲んで話をして、ホテルの蒸し暑い部屋の中で疲れ果ててメイクも落とさずに寝た。どこまでも続く浅瀬の海の砂浜で、じっと体育座りする夢を見た。


 キャリーケースを引いて自宅の玄関を開くと、木の匂いがした。たった3日間しかたっていないのに、わたしの生活の匂いが消えていた。わたしはすぐにノートパソコンを広げて、ICレコーダーの音声を読み込み、メモ帳片手に一気に原稿を書いた。帰路で構成は頭に思い描いていた。すべて覚えているうちに、全部書いておこうと思った。文章を書くのは速いほうだ。荒削りだけどなんとかかたちになった記事を見て、満足して眠りについた。


 翌日ノートパソコンを開いて、昨晩に書いた文章を読んだ。愕然とした。それは、なんだか妙に読みづらい、企画からもややズレた趣の、ちょっとこなれ感だけ演出しようとしている恥ずかしい文章だった。これは本当に昨日の自分が書いたのか。読みながら汗が出てくる。推敲を重ねても、ちっとも良くならない。取りあえずの締め切りは迫っていた。焦るとやる気が失せてくる。もう自分の文章を読みたくない。「このまま出しちゃえば?」と良くない心の声が聞こえてくる。そこに「たくさんの人に影響するものだから」とか「今回頑張ったらまた書いてもらう」「全然ダメだったら僕が全部書き直すよ」という会社の先輩の声も聞こえてくる。300人弱の親切な読者が読んでくれるブログを書くのとはわけが違うのだ。いよいよわたしはおなかが痛くなった。ストレスは心より先に胃に来る。慣れない環境にも仕事にも、無意識のうちにストレスを溜め込んでいたようだった。


 彼氏のTに会いたいなと思った。LINEで呼んだら来た。古いアパートなので玄関の天井が狭い。首を曲げながら入ってきた。


 彼はいつも無口だ。こうして呼び出しても「どうしたの?」とも言わない。わたしはTに最初の読者になってもらうことにした。


 原稿に無言で目を通すT。その真剣な眼差しを見ていると、甘い期待がわいてきた。「がんばったね、読みやすいよ」と褒めてくれるんじゃないかと、さっきあれほど嫌になった自分の文章も自分以外の人が読んだらさほど悪くないんじゃないかと、都合のいいことを妄想した。


 Tは黙ってわたしの文章から目を離し、手元にあった別のライターさんの文章を読みはじめた。そしてこう言った。


「やっぱりこっちのライターさんの方が断然良い。何でだろう。」



 ショックだった。いや、当たり前のことなんだけど、まあショックだった。


「ベテランのライターさんはやっぱりすごいなあ」「でも読む人からしたらベテランかどうかなんて知ったこっちゃないもんね、頑張らなきゃ」と答えるうちに泣けてきた。ストレスを見て見ぬふりしてきたのがたまっていたのもあって、自分でもびっくりするぐらい涙が出た。


 Tはものすごくおろおろした。彼に悪気なんてなくて、ただ思ったことを率直に言っただけだとはわかっていたけど、心に余裕がなくて意地悪を言った。「無口なくせに、たまに口開けば辛辣なことしか言わないじゃん!」と怒ってまたわーっと泣いた。


 Tは「ごめんごめん、文章どうすれば良くなるか一緒に考えようと思ったから」と言った。少し涙ぐんで見えた。わたしはまだ布団にくるまってしょぼしょぼと泣いていた。


 Tは部屋を出て行った。


 独りになった部屋でTが読んだライターさんの文章と、自分の文章を読み比べた。思わず「たしかにねえ」と独り言が出て、ちょっと笑えた。Tはあまりに本当のことしか言っていなかった。


 Tからもらった名刺を取り出してみる。「僕にも名刺ができたよ」と恥ずかしそうに渡してきたものだ。いっちょまえに横文字の肩書きが添えられている。Tだって慣れないことがんばってるのにな、と思うと胸がぐっとせつなくなった。彼からは弱音を聞いたことがない。何か自分に至らない点があれば、冷静に向き合って「次どうするか」だけを考えるタイプだ。スケールの小さい大谷翔平のようなものかもしれない。彼のそういうところは尊敬できる。わたしのヘンテコな文章にも、同じように向き合おうとしたのだろう。ちゃんと謝って頑張り直そうかな、としみじみ思った。


 ドアがガチャと空き、Tが入ってきた。手に提げたコンビニの袋には、わたしが好きで、彼は嫌いなチョコミントアイスが入っていた。わたしたちはなんでも正反対だ。


 固くてごつごつしたチョコミントアイスをスプーンで掘りながら、「ごめんね」と言うとTも「そっちの気持ちも知らないでごめんね」と言った。時計は24:00を回っていた。「385カロリー。」とわたしが言って、「まあいいじゃない」と二人で笑った。


 それからのわたしは臭いものに蓋をせず、ヘンテコな文章に推敲を重ねて、原稿を締め切りまでに完成させた。


 先輩からはわりと赤字が入った。それでも「思った以上には書けてたし、これからも頑張って」ということを言ってくれた。先輩の赤字を見ながら直すと、たしかに文章が良くなるので楽しかった。なにより、他の人から手直しが加えられずに、ちゃんとわたしの文章がボツにならずに使われるのがうれしくて、やつれた顔がまたコシヒカリになった。


 会社からの帰り道、自分にご褒美をあげようと心が浮わついた。ちょっと前から、ロイヤルホストのホットファッジサンデーが食べたかったことを思い出して、一人でふらっと入ってみた。ピアノのバラードが流れる店内で、ふかふかのシートに埋もれながら本を読むわたしに、とろとろのチョコソースがかかったサンデーが運ばれてくる。銀のさじですくって食べる。甘さが脳天に響く。

 おいしいにはおいしいけど、あのときコンビニのハーゲンダッツ用のプラスティックスプーンで食べたチープなチョコミントアイスの味にはやっぱり叶わないなあと思いながら、ぼんやりとサンデーをかき混ぜた。

ヨコハマ・日雇い・メモリー

 

 

どうでもいいことばかりやたら記憶に残るというのは本当によくあることである。ついでにちょっと教えてあげるけど、ナジャ・グランディーバは普段はだいたいハンバーグなどを食べているようだ。なんかの番組で言ってた。

 

そんなどうでもいい情報もそうだけど、ある一瞬の情景が、いわゆる「撮れなかった写真」のようなかたちで鮮烈に焼き付いて忘れられないというのもまたよくあることである。そのときの嗅覚・触覚・聴覚あらゆる感覚と結びついて、いよいよその情景は走馬灯に出てきそうなくらいメモリーに刻まれ、ときにかたちを変えて夢にまで現れてしまうなどする。そしてその情景は人生を決定的に方向付けるものでもなければ、何か心に強いダメージや感動をもたらすものでないことも多く、「ほんとなんで?」としか言いようのない無価値な情景なのである。

 

学生最後の春休み、わたしは本当にお金がなかった。貧乏トークを楽しんでいた上京友達はなぜかヨーロッパ周遊に出かけ、富裕層の友達は相変わらず留学しまくって卒業が遅れていて、彼氏のTはオーダーメイドのスーツを注文していた。物欲も旅行欲も薄いわたしは、日頃居酒屋などだらしない消費に走りがちなせいで残るモノも少なければ残高も少なく、時間だけは有り余っていて、近所の公園で梅の花を見ながら歌を口ずさんだり、お菓子を焼いて全部自分で食べて罪悪感で胸を重くしたりしていた。

 

そんなふうに過ごしていても残高は減るもので、Tと行く予定だった台湾格安ツアーに行けるかどうかも怪しくなってしまい、急きょバイトをすることにした。とはいえ、すでに3月に入っており新しいバイトを始めるにしても無理があった。そうして必然的に、いわゆる「日雇い」と呼ばれる仕事をやることになった。

 

登録を終えてやってきたのは、横浜の倉庫街。

あれほど憧れた海の前には、無機質で広大な倉庫が立ちふさがっていて、どこまで行っても景観はグレーである。だだっ広いまっすぐな道の脇には、手入れされていない植え込みが続いている。その植え込みがわずかに途切れている場所があり、そこには粗末なステップが設けられている。わたしはそれを上り、倉庫の敷地内に入る。

 

そこは某大手企業の食品倉庫。受付で名前と団体名を告げ、ひどくぞんざいに入館証を手渡されて控室に入る。控室は畳が敷かれていて、今時珍しい分厚いテレビが中央に鎮座し、作業着の男女が顔にタオルをかけて雑魚寝している。部屋全体が日焼けして、セピア色に見える。わたしは長机の隅に陣取り、持参したコンビニのコーンパンをかじった。壁にもたれかかって眠っているのは、顔中にやけどを負いかさぶたのようになった高齢の男。死んだ目で宙を見つめている40代ぐらいの男は、何日も髪を洗っていないようで脂ぎっている。赤茶けたほうきのような髪の老女が、コップつきの水筒で茶をすすっている。その中でわたしは胸をざわめかせ、勤務が始まるのを待った。

 

時間になり、周囲の人たちが動きはじめたのでわたしもそれに続いた。まずはヘルメットをかぶるらしい。同じヘルメットを使いまわしているので、中に頭の形のような紙を敷く。そしてラバー付きの軍手とカッターをもって勤務フロアに降りる。

 

「軽作業」という言葉の嘘を知っている人も多いだろう。わたしも事前にネットでいろいろ調べたので知ってはいた。「軽作業」という名目で、ピッキング作業(納品する前に倉庫から商品を取りだして所定の位置まで運ぶこと)に駆り出され、予想以上の重労働に音を上げる人が多いのである。

 

わたしが派遣された現場も、まさにそれだった。食品倉庫とはいえ、運ぶ段ボールの数は膨大で、持ち上げるたびにフンッと鼻息が漏れる程度には重い。煩わしくなって軍手を取って運んでいたら、段ボールで脂気を奪われ乾いた手のひらが切れて、わずかに血がにじむ。平べったい、似たような無数の箱に囲まれて、ぼーっとする頭でひたすら数をかぞえ、所定の位置まで運ぶ。サイズの合わないヘルメットがあくせく動くわたしの頭の上で陽気にカパカパ動く。自分を俯瞰するもう一人の自分が現れ、カパカパのヘルメットを頭に乗せ、へこへこと段ボールを運ぶ中肉中背の女を脳内スクリーンに映し出してくれる。思わずちょっと笑ってしまう。

 

男性陣は慣れたもので、先ほど休憩室で死んだ目をしていた男はテキパキと働き、わたしにもいろいろ教えてくれた。その合間に「昔はこれでも結婚していたんだぜ」とか「最近は派遣会社も仕事をくれなくてどう生きていけばいいかわからんね」などと身の上話をしてきた。

 

一度目の休憩のとき、その男が派遣会社に電話していた。「なんで仕事入れてくれないんですか。女性ばっかり優先するんですか。」わたしも思わず死んだ目になった。

 

しかし、倉庫の社員が日雇い派遣のもとにやって来て1000円札を取り出し「これでジュースでも飲んで!」と声を掛けると、男はにわかに表情をほころばせた。「おれモンスターエナジーにしーちゃおっと」と言いながら、自販機で一番高いモンスターエナジーを購入し、いい喉音を鳴らしながら飲んでいた。

 

休憩後、再びわたしは段ボール運び人形と化した。そして今度は別の男が身の上話をしにやって来た。倉庫の社員の男性だった。浅黒く痩せた肌には皺が寄っていて、父と同じくらいの年齢のようだ。一見眼光が鋭く、近寄りがたい印象だが、話してみると声音も優しくフレンドリーな人だった。フォークリフトにのった若いヤンキー風の男が通り過ぎざまに「●●さん、女には優しいなあ」と言いながらまた風のように去っていく。●●さんは「ばーろーめい」と返事をし、再びわたしに身の上話をする。

 

「俺さ、こう見えて嫁さんは若いの。なんとね、28歳。驚いた?驚くでしょ?」

 

「俺さ、子供だっていてさ、全部女の子。みんなもうおませさん。猫ちゃんも飼ってるよ。」

 

「最近三味線習い始めたんだよ。和楽器バンドだっけ?あれ見てなんか感動してさ。」

 

おじさんは矢継ぎ早に自慢をしてくる。先ほどの男よりもはるかにポジティブな内容ではあるが、慣れない重労働で判断力を失っているわたしにはどちらも似たようなものに思われた。相槌だけは上手なわたしはぼやぼやした肯定の言葉でおじさんの自慢を無限に引き出していった。

 

休むことなく口を動かし続けるおじさんと一緒に、恐ろしく重くて巨大な段ボールを運んだ。暗鬱な倉庫の中の空気を重い足取りで進んだ。運んでいると突然パッと視界が開けた。

 

そこは横浜の青い海。春の日差しを浴びてキラキラと光り、その光はベイブリッジや倉庫、トラックにも反射して、一面がオパールを砕いた粉をちりばめたようで、目が焼けそうだった。そんな光の情景が、真四角に切り取られてわたしの前に突然現れた。

 

光に包まれながらおじさんはまだ自慢を続けていた。

 

「最近給料も上がっちゃってさぁ、もうおじさんで体力なくなってるのに申し訳ないよねえ。」

 

どうでもいいがこのとき、おじさんの八重歯が抜けていることに気が付いた。

 

なぜかはわからないが、この場面をわたしは一生憶えているだろうなと思った。美しい景色に目を焼かれ、おじさんの自慢に耳をひらき、重労働で体じゅうの筋肉がキリキリ痛んでいたあの身体感覚とともに今でも鮮明に思い出すことができる。

 

 

 

 

 

 

卒業・くすんだブルーのワンピース・会社員

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 2019年3月26日に大学を卒業し、4月から都内で会社員になった。毎日通勤したり、先輩からこぼれ仕事をもらいながらいろいろやったり、デスクで壁と向かい合いながらお弁当を食べたりしていると、つい2、3週間くらいまえには卒業式のあとの謝恩会に何を着ていこうかわくわくしていたのがクラクラするくらい遠く感じる。ホテルでやるわけでもなく、きっちりしたドレスコードがあるわけでもなく、しかしれっきとしたパーティーであるという微妙なシチュエーションを、新しいハレ着を買う口実にしたかったのだ。

 結局、くすんだブルーの総レースワンピースを選んだ。

 卒業式のあとはあわただしく写真を撮って(親と)(!!!)、Tと一緒にタクシーに乗って大学に行き、あきらかに植毛して髪の毛が増えた学部長から学位記をもらい、ゼミの人たちと集合写真を撮り、また重い荷物を引いて汗をかきながらアパートに戻った。

 袴で締め付けられたおなかの部分があせもになっていた。シャワーを浴びてガチガチにセットされた髪を流し、アイリスの匂いのボディクリームを塗り、適当に髪を乾かして化粧をした。化粧下地からも何か濃厚な花の匂いがした。ファンデーションからは「粉」としか言いようのない匂いがする。こうして謎の香気を放つミセスやマダムが仕上がるのである。

 そしてデパートのヤングフロアで買った、くすんだブルーのワンピースに袖を通した頃には、謝恩会に間に合う時間を過ぎていた。でも脳も身体もだるくて、「まあいいや」とワンピースを着たまま部屋の中を徘徊し、怠惰な魚のようだった。ひざ下まであるレースの裾がちゃぶ台に引っかかるなどした。

 ふと我に帰って「ふつうに家出なきゃやばいな」と思い、かっちりした小さなマスタード色のバッグにこれまたかっちりした小さなマスタード色の二つ折り革財布を入れて、コートに口紅だけ突っ込んで家を出た。

 このとき人生ではじめて、「これで社会に出ることが出来るのか?」といううっすらした不安を覚えた。

 そんな不安も、オレンジ色の電車に揺られるうちに溶けるように消えていった。不安や憂鬱には2種類あって、一過性のものと、一度陥ればなかなか脱することのできない迷宮のようなものがあるということをこれまでの短い人生から学んだ。これは一過性のやつだなとはじめから見当がついていたので、わりに呑気なものだった。

 主催の友達にお詫びのLINEを入れ、指定されたビルのエレベーターに乗り、27階ボタンを押した。エントランスで団体名を告げて、部屋に入ると同級生たちがドレスやスーツやふつうの服を着てやはり魚のように各々漂っていた。皿に肉やピラフを盛り付けて、白ワインを飲みながら女友達と話しているうちになんとなく薄ら寂しいような気持ちになった。

 謝恩会の中盤、わたしはなぜかゼミの教授にバラの花を一輪渡す係を任ぜられ、遂行した。いつもネイビーの服を着ている教授のためにみんなで事前にネイビーのTシャツを買っていたので、それも一緒に渡した。教授はユナイテッドアローズの紙袋とバラを持って、口をゆがませながら嬉しいんだか微妙なんだかよくわからない顔をしていた。わたしはそれを見ながら、「胸ポケットからハンカチーフなんぞ覗かせやがって」と思っていた。

 その後は「先生たちから一言」のコーナーがあり、あとはなんとなくゼミごとに歓談した。ゼミはドライ人間の集まりなので、とくに湿っぽい感じもなくて良かった。

「20時完全撤収でーす!!!」という主催の声が響きわたると、みんなうろうろとコートや荷物を回収しはじめた。ざわめきの中で、背の高い短髪の男子が「あの」と話しかけてきた。彼はわたしを頭からつま先までサッと見ると、言葉を何回かつっかえさせながら言った。

「1年生のときに授業で話してから印象に残ってました」

 彼のほっぺたはピクピク痙攣して、1度も目を合わせなかった。1年生のときはもっとクールではきはきした子だったと記憶している。
 お互いの進路について話すと、彼は「就職にめちゃくちゃ失敗した」「これからが不安」という旨のことを言った。なんとなく、彼が少し変わった理由の一部がわかった気がした。 
 ずっと目を伏せているので、「なんとかなるでしょ」と言ってみたら、自分で思ったよりも大きな声が出た。彼は少し笑った。

 そのあとはゼミの人と串カツ田中に行った。ワンピースは串カツ田中にもよく馴染んで、「気さくなワンピースだな」と思った。
 千鳥足で家に帰って、何もしない廃人のような1週間を過ごして、入社式も何もなく会社員になった。

 ワードローブには、くすんだブルーのワンピースが吊されている。

 クリーニングはしたけど、なんだか謝恩会と串カツ田中の匂いがするような気がする。そしてあの彼のぎこちない笑顔が思い出される。
 彼は何回ぐらいひとりで部屋で泣いただろうか。もしくは泣けないくらい暗鬱な気分になっただろうか。これから何回もそういう気分になるんだろうけど、精錬される鉄のようにはなれないんだろうなと思う。こういうふうに思っているわたしが「なんとかなるでしょ」と言ったって説得力はないのだけど、あのときはそういう感じがしたんだからしょうがない。くすんだブルー、なんかそういう色だよなと思う。

 慌ただしく過ごす毎日の中で、くすんだブルーのワンピースは再び出番を待っている。

ある夜、TはUFOを見たことがあると言った

 

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https://mnsatlas.com/?p=10713

T*1と一緒にわたしの家まで続く坂道を歩いていたときのこと。夜空にみどりがかった光の玉が動いていて、それはどう見てもUFOではなかったんだけど、親しい人間と過ごしているときは許される範囲でいい加減なことを言ってみたくなるもので、「UFOがいるね」と話しかけてみた。わたしの頭のはるか上にTの顔があって、その表情は読み取れないのだけど、無口な彼が何かを頑張ってしゃべろうとするときの「スゥ」と息を吸い込む音が聞こえた。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………違うね。」

 

わたしは彼が「スゥ」という音をたてて、「………」の沈黙を提供するあいだ、いつもどんな素敵な言葉を聞くことができるか期待に胸をふくらませて待つのだけど、たいてい拍子抜けするようなことしか言わない。でも、彼が何か村上春樹作品のピロートークのような小洒落た冗談でも言うようになったら、春の熊くらい好きだよなんて言うようになったら、それこそ本当にUFOが突如として東京のど真ん中にミステリーサークルをこしらえ、人類の終わりを宣言しそう。実はTは他の星からの刺客で、地球に襲来したビロンとした宇宙人たちの中央に立ち、あの無駄に長い脚をバタバタさせながら勝利の舞を踊りだすかもしれない。そしたらわたしは「どんなフラッシュモブ??」って言いながら頭ぶち抜いて死んでやろう。そうしよう。

 

と、こんなことを考えるでもなく考え、つまらぬ冗談を言ってTからの物足りない答えに拍子抜けしている自分に少しあきれていると、Tの口から思いがけない言葉が飛び出した。

 

「見たことあるんだ。車のなかから。」

 

「うそだ。」

 

疑うわたしに、Tは確かに見たというUFOの特徴を静かに静かに教えてくれた。そのオレンジがかった光は何の軌跡も描かずに、突如として夜空に現れ、ヒャンッヒャンッと不規則に高速で移動し、やはり軌跡を描かずに突然消えたらしい。彼はその光を見たことがあるからこそ、わたしの安易なUFO宣言に「否」と言ったのだった。

 

「それいつのこと。」

 

「小学校高学年くらいかな。」

 

前に聞いた話だと、Tはその小学校高学年あたりから著しく無口になったらしい。そして身長もめきめきと伸びた*2

 

「そのとき、UFOに連れ去られて改造されたんじゃない?」

 

そう言ってTの答えを仰いでも、何も言わない。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」

 

繋いだ手はいつも冷たい。

 

この人は実は本当に宇宙人なのかもしれない、と思いながらわたしも押し黙って坂をのぼった。でも他人なんてみんな宇宙人みたいなものか、とも思いながら。

 

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*1:わたしの恋人。こう呼ぶことにしました。

*2:186センチ

夕暮れバスの老女に羨望し、雑踏の中の少女にエールを送る

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時は夕暮れ。

 

タカシマヤの食品売り場の紙袋を大事そうに抱えた老女がバスのステップをゆっくりと上がってくる。「どうもね」と言いながらパスケースを運転手にかざし、運転手の「あゃゃっす」という礼を軽くいなしながら席を探し、ゆっくりと優先席に腰をおろして噛みしめるように目を閉じる。

 

「わたしはあなたになりたい。」

 

そう言ってその老女に歩み寄りたかった。明日のことなどどうでもよくて、ただデパ地下の惣菜を買って多幸感に満ちたオレンジ色のバスの中で穏やかに目を閉じられるその老女に、ゆくゆくは自分がなれたらと強く思った。たぶんその席は、とても少ない。ふるいにかけられて最後に何粒か残ったグラニュー糖である。

 

我々ヒューマンは非凡に憧れる青臭い日々を経て、年をとるごとに都合よく平凡な幸せを求めるようになる。そして幼いころに退屈だと思っていた種類の幸せが、実はとても実現困難なものであることに気づかされる。わたしも小さい頃は名探偵になりたかったし、今でも時々景気の良いときはあり得ない妄想をして楽しんだりすることがある。それにも関わらずこの老女への激しい羨望。まぶたを閉じて開くまでの間におそらくわたしはものすごい勢いで老いることだと思うが、まぶたを開けたときにその老女になっていたらどんなにいいだろう。

 

駅前には発狂している人がたくさんいる。目の前にどんぶりを置いて一日中うつむいて暮らす人もいる。まぶたを開けたときに彼らになっていない保障はどこにもいない。狂人を見て怖いと思うのは、自分の中にもそうなりうる部分があるからだ。貧しい人を見たときに何とも言えない気持ちになるのも、自分とて貧しさと隣り合わせだからだ。わたしは一瞬で過ぎ去る人生の中で、どういう風に年を重ねていくのか全く想像がつかない。この宙ぶらりんの不安がたまに押し寄せてきて、そういうときは妄想を楽しむことなどできず、ただ夕暮れバスの老女に羨望を向けるのみである。

 

わたしが一瞬で過ぎ去るかもしれない残りの人生に思いを馳せている一方で、駅の雑踏の中で小さな少女はとても長い時間を生きている。

 

お母さんはその少女の弟のクリームパンみたいな手を大事そうに引く一方で、後ろでとろとろ歩く少女にはきつい声を飛ばす。目は三白眼になり、鷲のような手で髪をひっぱって少女を引きずるようにして近くに来させる。弟が甘い声でジュースをねだる。少女の太いゴムで雑に束ねられた髪が元気なく揺れる。

 

彼女がわたしの年まで生きるその長さを思うと、本当に気が遠くなる。お母さんだってそのときたまたまそんな感じだっただけかもしれないが、それにしてもあの少女はすでに疲れていた。祝福された子供でないという思い込みのなかで、目くるめく濃厚な日々を乗り越えて、大人の年齢まで生きるというのはあまりに大変なことだ。

 

小学校の六年間なんて、永遠に感じた。ちょっとしたことで死の危険を感じたし、いろんな人から違うことを言われて頭がおかしくなりそうだった。幼稚園のときにわけもわからず万引きしてしまった記憶から、いつ親に警察に連れていかれるかビクビクしていた。小学校で物を盗む子がひどくいじめられているのを見て、胸がつぶれそうになった。視野が狭い分、感情も感覚も濃かった。雲はやたらゆっくりと流れたし、鉄棒は血の味がした。閉鎖的な田舎の中学校で、薄暗い廊下の蛇口から一定のリズムで水滴が落ちるのを見ながら、「わたしは一生ここにいるんじゃないだろうか」という身体を焼くような焦りを感じた。どうしても学校から途中で帰りたくなって、友達と一緒にトイレの窓から脱出を図った。窓の桟に登ったところで厳しい先生が外を歩いているのを見つけ、慌ててトイレの内側に転落し、トイレットペーパーをカラカラする金具で太ももとお尻の間を深めに切った。血が流れ、友達は爆笑しながらやはりトイレットペーパーで止血をした。わたしたちのプリズンブレイクはそれきりだったが、今でも尻のあたりを触ると傷跡が盛り上がっているのがわかる。触ると懐かしくて泣きたいような笑いたいような気分になる。

 

子供の頃は長くて重い時間の流れのなかで、いつも逃げたくてしょうがなかった。だから、疲れた様子の少女がいるとつい肩入れしてしまうというか、エゴイスティックな同情をしてしまう。卒論でニーチェについて少し調べたんだけど、ニーチェはあれほど「同情」というものを嫌いながら、広場で鞭打たれる馬の首に縋りついて号泣し、そのまま発狂してしまったらしい。わたしは雑踏の中の疲れた少女に縋り付いて泣き叫ばないように気を付けなくてはならない。

 

生きづらさなどをアピールする人々は「頑張っているのに頑張れとか言うな」と言うけれど、わたしはあの疲れた感じの少女に視線でエールを送り心の中で「頑張れ」と言うしかない。まさかあんな小さい子に「人生はつらいから頑張らずにドロップアウトしろ」とは言えない。「わたしもだめだめで、老女に都合よく羨望するなどしているけど、時間の重圧に負けずに生きていきましょう。」と脳内に語り掛ける。

 

さあ、ハチマキしめていきましょう。どんなクソババアになれるか楽しみなもんです。

 

 

 

地に足つけて生きている人間の言葉にはドライヴ感がある

地に足つけて生きている人間の言葉には、ドライヴ感がある。

一見それは意味不明の言葉であっても、たしかな重量をもったカウンターパンチとして身体に響いてくる。

 

小さい頃は、よく喫茶店に預けられていた。祖父が自宅の一部を改造してやっていた喫茶店である。国語と美術の教師を長くつとめた祖父が、自分が好きな音楽をかけ、好きな詩集や雑貨を置き、のんびり時間をつぶすために作った店だった。なぜか店中にこけしを飾っていた。生真面目な祖父は、コーヒー豆屋から教わった方法を杓子定規に守って、抽出時間も一分一秒違わないように、サイフォンに一滴も水気がないようにふき取ってから、親の仇のように一杯のコーヒーを淹れていた。それ故、大して品質の良い豆を使っているわけではなかっただろうに、そこそこ美味いコーヒーだったらしい。

 

しかしわたしはコーヒーなんて飲まず、バナナパフェを作ってもらって、店の隅っこで宿題をやっていた。

 

すると、祖父のお仲間たちが続々とやってくる。地元の詩人、ジャズシンガー、画家、「あえて」こんなド田舎に住んでいるような人たち。たまに宗教家。「何か」を「あえて」田舎で発信しているような人たち。

 

彼らは何かハイコンテクストな話題でつながり、了見でつながり、目くばせしあっている。この空間で共にいることで、何か高みに上っているかのような、要は何らかのカルチャーを解しているという優越の意識があった。

 

「マスターのお孫さん」ことわたしにも、彼らは話しかけてくれるが、いまいち何を言っているのかわからない。わたしは坂本龍一と言えば「戦場のメリークリスマス」しか知らなかった。小さいながらに疎外感にたまらなくなり、宿題をもって母屋に引っ込む。

 

そこでは、肥った短髪の女が、干し柿をネチネチと食べながらワイドショーを見ている。祖母である。ハサミなど危険なものが散乱している紺色のソファーの上に電気毛布を敷いて、テレビに向かって悪態をついている。

 

わたしに気が付くと、「まんず座れ」と言う。

そして干し柿を口元に押しつけ、「ケ(食え)」と言う。

干し柿が嫌いなわたしは、食べないと祖母がキレるということをすでに知っているので、嫌々口に含み、あまり噛まずに飲み込む。干し柿はしばらく食道に張り付いているようで、胸が微妙に苦しくなる。この干し柿はおそらく、祖母が勤め先の産直センターでもらってきたものだ。あかぎれのあるガサガサした手の、年のいった女たちがたくさん働いている場所だ。祖母は産直センターで人気者で、こういうもらい物は優先的にまわってくる。

 

祖母は冷凍庫焼けしたアイスや、瓶に入ったおかき、絶望的な濃さの緑茶を矢継ぎばやに出してくる。そして、口角泡を飛ばしながらわたしに話しかける。

 

「昔は川さ行って野菜だのなんだの洗ったのス。したっけ人参流れて来たおん、おらも食えるど!ってケばうまくねぐてよ」

「かっちゃんベビースターにやられたのス」

「だぁれあったな裸みてな恰好であるってらのがいぐねのス」

「おめはんもよぐね童だごと」

 

上から順に、「祖母が人参を嫌いになった理由」、「祖母の母、つまりわたしの曽おばあちゃんが、足のあかぎれベビースターが挟まって悶絶した話」、「薄着して出歩く若者が風邪をひく話」、「わたしが性格の悪い子供である話」を示す。祖母はだいたいこんな感じの話をよくしていた気がする。

 

その生臭い生命力のある祖母の世間話は、祖父のお仲間たちの言葉よりもずっとリアリティがあった。川に流される人参をガリリとかじってまずさに顔をしかめる幼き日の祖母が、あかぎれベビースターが挟まって悶絶して周囲にキレ散らかす曽おばあちゃんの姿が、なにより「よぐね童っこ」というわたしにおあつらえ向きの形容詞が、生々しい実体をもってわたしの身体をガンガン殴ってくる感じがした。それは、しばしばナルシスティックな空想に浸りがちな子供心を、現実に連れ戻すには充分だった。ホグワーツに入れないわたしは、ニンバス2000から振り落とされて、もち米がよく育つド田舎のこの大地にビターンと叩きつけられたのだった。

 

なぜ祖父が祖母と結婚したのかずっと疑問だった。祖父がやる喫茶店にも「光熱費のムダ」と文句ばかり言い、ワイドショーを見ては政治家や芸能人に文句を言うのが趣味の祖母に、いつも祖父はあきれたような顔をしていた。でも今ならなんとなくわかる気がする。詩や小説が好きで、音楽にも一家言あるような人間は、しばしばナルシスティックな空想に捉われ、現実を生きられなくなりがちである。すぐに彼らは「彼方」を用意してそこに逃げようとする。自分を「特別」だと思おうとする。すると現実のなかで理想だけが空転するようになってしまう。祖父もまた、祖母によって、祖母の言葉によって地面に叩き落とされることを望んでいたのではないだろうか。

 

わたしが祖父のお仲間たちをいけ好かなく感じたのは、幼いながらに自分と似た成分を感知したからかもしれない。それと似たようなことが大学に入ってからもあった。先輩が何人かで文芸誌をつくったから、その刊行イベントをブックカフェでやるというので誘われて行ってみたことがある。ブックカフェという場所にも興味があった。しかしまあ行ってみると、ソフトな地獄だった。刊行するまでの内輪での苦労話、今「文芸誌」という古風な媒体を選んだのがいいよね~みたいな話。こんな排他的な空間を作る人たちに、「あたらしい言葉」とやらが降りてくるだろうかと疑問に思った。何か集団で空想に捉われているんじゃないだろうかと気持ち悪くなり、早々にブックカフェを出ると、似たように同じゼミの男の子が出てきて、お互い絶妙な距離を保ちながらはや歩きで帰った。

 

昔、わたしは本当に嫌な子供だったと思う。勉強も得意で、言葉もよく知っていた。講釈も垂れた。父に「高飛車だぞ」と怒鳴られ、床に顔を押しつけられたことがあった。今でも高飛車である。地面にしっかりと足をつけて現実を生きる強さをあまり持たないくせに、すぐに空想のなかで高みに上り、批判精神ばかりが肥大していく。知ったかぶりをして、優越の意識を持つ。祖父のお仲間たちや大学の先輩たちへのいら立ちは、彼らを鏡にして自分を覗き込んでいたということである。彼らが実際のところどうだったか、本当はよくわからないのだ。そういう風に見えていたという時点で、まあ、わたし自身がそういう風だったということだろう。

 

わたしには、地面に叩き落としてくれる祖母の言葉のようなものが必要である。「お前は特別でもなんでもない」「這いつくばって生きろ」と教えてくれるような、そして日常こそが最もおもしろいのだと示してくれるような言葉が。それは、カルチャー界隈の人たちが集まる店にも、内輪で創って趣味の良い本屋でだけ売られるような文芸誌のなかにも、きっと無いだろう。だんだんにそういう言葉を自分で発せるようにならないといけないと思うけど、まずはどんどん摂取しないといけない。逐一自分を叩き落とさなくてはいけない。

 

そういうわけで最近聴いているのはGEISHA GIRLSのKick & Loudである。

 

Kick & Loud

Kick & Loud

  • provided courtesy of iTunes

 

これはダウンタウンの地元、尼崎の言葉でつくられたラップである。貧しかった労働者たちの象徴のようなこの言葉が意味不明ながらもドライヴ感を持って迫ってくる。祖母のにらみつけるような眼差しと、唾を飛ばしながら語り掛けてきたあの勢いのある言葉たち、そんなものを思い出せるのである。するとだんだんこちらの身体もドライヴしてくる。空想に占領されていた身体が、スッと戻ってくるようなそんな感じである。

 

森岡のオッサン

メチャ臭い屁こいて朝から寝てまんねん

めばちこ さぶいぼ マロニー煮すぎて とけてもた

「Kick & Loud」作詞:Ken/Sho 作曲:Towa Tei 

https://petitlyrics.com/lyrics/17470

 

わたしはこれの東北弁を聞いてきたのである。