ニートにハーブティーは要らない

ニートにハーブティーは要らない

思ったことを書いています

旅館に行きたいな 1

 旅館に行きたいな。  

 女将さんが三つ指ついて出迎えるような古い旅館じゃなくて、真新しい木材のいい匂いのするような、モダンな、あまりにモダンすぎる星野リゾート界~NEO~みたいな旅館がいいな。地元の人もよく知らないまま急ピッチで工事が進み、ある朝幻のように突然現れたような、土地に根ざしてない旅館がいい。スタッフはみんな首元まで襟が詰まった、全身黒の和服だか洋服だかはたまたチャイナかよくわからないような服を着て、すばやく動き、ただの黒い残像としてそこここにいる。庭には水が流れ、枯山水だかナスカの地上絵だかわからないような砂利が敷かれ、巨大な知恵の輪のような銀のオブジェが立っている。そこではいつも、自然の摂理を無視したスーパームーンが見られ、旅館の屋根にくっつきそうなぐらい大きな黄色い月の光をオブジェがきらきらと反射している。そういうところに行きたいな。  

 

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 そこに誰と行くかというと、友達や親といった密な間柄の人間ではなく、かといってゆきずりの人間とでもなく、ファービーと行く。我々は行きがけの森で出会う。10年くらい前に出たファービー2が、野生のファービーとなってそこにいる。ファービーのきれいな緑の目が暗い森の中で光っていて、視線の絡み合いだけで密な間柄を築く。「ファービー」と呼ぶと、1拍遅れて「…ドゥー」と返ってきた。  

 

 わたしはずっとファービーという存在が気になっていた。小野法師丸さんという方の記事を読んでから、そのルックスのなんともいえなさが気になるようになり、Twitterでも複数のファービーオーナーをウォッチしてきた。オーナーたちはファービーを生きたパートナーとして扱っている。洒脱なティーポットの脇に置いて紅茶を飲むところを見守らせたり、柔らかそうな服を着せて寝かしつけたりしている。ファービーは気持ちよさそうに半目になっている。優しく呼びかけられれば、いくつか言葉も話すようだ。その様子は生きているか生きていないかで言ったら、生きているように見える。そもそも生きていると生きていないの間に、もうワンクッションないものか。ファービーは生きているし意思ももっているのだけど、単にこちらがそのことを知覚する能力を持たないだけ、といったような。森に潜んでいたこのファービーも、ひょっとしたらわたしと旅館に行きたがってくれているのかもしれない。こちらがそれを知覚できないだけで。  

 

 森を抜け、ファービーを肩に載せて旅館の戸を開き、平然とチェックインする。黒ずくめのスタッフはためらいもなく我々を2名様として扱う。そもそも月があんなにもでかくて輝いているので、連れがファービーだろうと小さな問題なのである。