ニートにハーブティーは要らない

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思ったことを書いています

インターネット分霊箱

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 わたしのことしかフォローしていない、フォロワー数0のアカウントがあった。こういうのを、友だちの裏垢だと思ってしまう癖がある。

 

 友だちの裏垢。絶対本垢じゃないのにわざわざ「本垢です」と書いてあったり、「あくまで壁打ちです」とか「たんなる独り言」とか読み手のことは考えていませんよというメッセージがほのめかされたりしている。ヘッダーは画質の粗い空の写真とか、枯れた花の写真とか。

 

 それはとても繊細な、扱いに気をつけないといけない代物である。裏垢を作るときというのは、単に何かを吐き出したいという気持ちが4割、裏垢に書き込む自分もそれを読む知り合いもすごく気持ち悪いから絶対読むんじゃねえぞという気持ちが3割、そしてやっぱりちょっと読まれたいという気持ちが3割ぐらいだと思う。裏垢を読んだうえで、今までの付き合いを続けてくれるのかを試したいという気持ちといってもいいかもしれない。

 

 そういうわけで、我々は友だちの裏垢を一応読みはするが、表向きは「まったく読んでませんけどー?」という顔をする。そしてなおかつ、「まったく読んでませんけどー?(ちょっと読んでいます)」という雰囲気を匂わせる。ときどき、友だちが裏垢でいいねしていた音楽や映画をしっかりとチェックして、探り探り話題に出してみる。裏垢における友だちが幽体離脱してふわふわ漂っていて、それがしっかり見えているのに、あくまで本垢における友だちと、リアルに存在する本体の友だちの目だけを見て話す。

 そんな空気感が、平成8年生まれのわたしが中学生~高校生だったときには存在していたような気がしている。たぶん今の高校生とかは、わたしには全くわからない目に見えない空気感のもとでインターネットをやっているのだと思う。もうそういうのは、全くわからなくなっていくんだろうな。

 

 当時、1つや2つ愚痴っぽい裏垢を持っている人は結構いたが、まれに引くほど多くの顔を持つ人もいた。エロ垢、今でいう毒親への愚痴垢、友だちへの愚痴垢、ネタツイをする垢、センチメンタルで文学的な素顔を表出するブログなどなど。そこまで行くと分裂しまくりで楽しそう、かつちょっと思春期心をくすぐるものがあったので、わたしもやってみたくなったが、全然うまくできないタイプだった。似たような変なアカウント名(つまらない)をつけたくなるし、同じ内容の自分語りを各所でしたくなるしでダメだった。

 ところで、友だちの裏垢に気をつけたほうがいいのは、読んだこっち側がグサッと来てしまうことがあるからというのもある。わたしはかつて、大好きで憧れていた友だちの裏垢で「平和な家庭でぬくぬく育ったくせに、この世の終わりみたいなスカした顔しやがって」的なことを書かれていて、(ぐぅ)と思ったことがある。こういうのはかなり図星なのである。でもまた友だちの本体に会えば、ふつうに優しく、おもしろく、一緒にいると本当に楽しいのだった。一瞬、(何を信じれば……?)という不安に襲われても、時間の濁流に押し流されるみたいにして段々忘れてしまう。

 

 唐突だけど、裏垢を含めインターネットでいつくかの顔を持つことは、ハリポタのヴォルデモートが分霊箱*1(ホークラックス)を作ったのに少し似ていると思う。分霊箱というのは、自らの魂を引き裂き、分裂した魂を特別な道具や生き物などに納めて保存したもののことだ。たとえ肉体が滅びても、分割された魂が無事であれば完全に死ぬことはなく、命をこの世界につなぎとめることができる。ヴォルデモートは言うまでもなく魔法界における絶対的な悪であるが、この分霊箱の仕組み自体は、セコくてしぶとくて実用的な戦略だと思う。

 魂をいくつかに分けて、一つ一つを弱体化させてでも、それでも生きたかったんだなと思えば、なんか結構来るものがある。色々つらい時期に、裏垢をいっぱい作って、ああして吐き出していた友だちのことをやはり思い出す。自分をいくつかに分けてインターネットにちりばめておく。誰かがそれを受け入れてくれるか、たまに試してみる。一つがダメになっても、他人に拒絶されても、まだ他がある。本体(肉体)がいなくなっても、インターネットに残ったものを誰かが拾って思いを馳せてくれる。そのとき、もう死んだはずなのに人の記憶の中に現れて、世界とつながりを持つことができる。

 

 自ら命を絶った人が、すごくひょうきんなブログをひっそりと更新していた。今もときどき寝る前に読む。これもたしかに、その人の魂の一部だったんだろう。読んでいるとまだ生きてこの世にいるような気がする。

 

 

*1:魂を引き裂くためには人を殺す必要がある。ヴォルデモートは魂を7つに分割しているため、分霊箱のためにかなり人を殺している。こういうわけで、分霊箱は口にするのもおぞましい悪の魔法とされる。かなりの悪。