ニートにハーブティーは要らない

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魔の1週間とひねり揚げ

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 わたしには魔の1週間が存在する。それは、“あのこと”ではない。“あのこと”が訪れるまえの1週間のことだ。なにも伏せなくてもいいじゃないかと憤る人もいるかと思うが、伏せるのも勝手だ。とにかく、“あのこと”のまえは酷い。いろんなことが不安になり、焦ったり、急にやる気が出たり、キレたり忙しい。一言でいえば


「あたしが、あたしじゃないみたいなの」


 これに尽きる。わたしをあたしにしようが、あなたにはどうでもいいかもしれない。しかし、魔の1週間にあるわたしにとってはそういうディティールひとつひとつが、発狂せんばかりに大事なのだ。「あたしが、あたしじゃないみたいなの」と心を許した友達に言うと、彼女はプッと吹き出して、でもふと真顔になって「まあわからんでもないけど」と言うだろう。そういうわかってくれる相手は、魔の1週間にあるわたしの格好の餌食となるだろう。わたしはやおら立ち上がり、彼女の肩を両手でつかみ、息をすうっと吸い込んで


「ねえ、あんなにビルに灯りがともってる。あの光のひとつひとつの中で人間がうごいて働いてるの。ついこないだは栃の実をすりつぶして変な餅を作りながら暮らしてたのよ。信じられる?何かの間違いで人間が生まれて、こうして脈々と暮らしてきた。地球にはたくさんごみが埋まってる。キューブ型に固められたあれらを、あなたも社会科見学で見たでしょう。バカな男子が臭いって騒いで。ああ、なんか思い出していろいろムカついてきた。そんなことはもうどうでもいい。とにかく、人間がこうして社会を形成して、一人一人がほんとうにちっぽけに生きていることが、なんだか嘘のことみたい。そう思わない?無印良品週間で何買った?わたしね、それはもう、ハンガーをたくさん買ったの。ハンガーは二個以上で15パーセントオフだった。笑っちゃったわよ、レジで。お買い得ってなんであんなにうれしいのかしら。ところで、無印って最近行き詰まってるらしいの。銀座の旗艦店に一緒に行ったでしょ?とくに目新しい魅せ方がないって、レジの後ろに並んでたべちゃべちゃしたおじさんが吐き捨てるように言ってた。そのおじさん、バウムクーヘンをたった1本持って立ってたの。おかしい、そう、おかしいでしょ?お菓子1個ぽっちり持って突っ立ってるのって、とんでもなくおもしろい有様よ。わたしもそうなるとちょっと恥ずかしいもん。ところで昔コンビニでバイトしてたんだけど、夜の9:45くらいに来てずーっと店内を徘徊してるおじさんがいたの。まずはシェービングクリームを見てたわ。次に雑誌。アダルトと一般の間のきわきわのところに立って、表紙だけを眺めてるの。そしてたまにガラスに映る自分を見る。そのあとは自然に飲料コーナーに足が向かって、パンコーナーでしょ、コーヒーとかお茶のコーナー、チルドのコーナー。1時間以上かけて、コンビニの全てをあの人は見たわ。ほんとうにそれは全てだった。そして彼がThis is it.とばかりにレジに持ってきたの、何だったと思う?  ひねり揚げよ。もうね、そりゃおかしいのよ。おかしいの。でもそれって彼のベストアンサーだったから。お菓子たった1個。ひねり揚げ。それが彼の見つけた全て。たしかにあれは量も多いし安い。うるち米に油の染みこんだ、ちょっと口の中の天井の皮が剥けそうな固いやつ。おいしいの。わたしは笑っちゃいけなかった。真顔を保ちながら、震える声で金額を告げたわ。わたしと彼は少額の硬貨をやり取りしたわ。それっきりよ。あのときかしら、真顔で笑う癖がついたのは。


ねえ、とても不安よ……………………」


 言いおわる頃には彼女は消えている。
 わたしはひねり揚げを握りしめてひとりぼっちで立っている。