ニートにハーブティーは要らない

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その電車が銀河鉄道に変わるとき

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電車に乗っているとき、ずっとこのまま居られたらと思うことがある。そう思わせる車両がたまにある。

 

他人の気配や視線というのは緊張をもたらすものだけど、不思議なくらいそれが無い車両なのだ。他人同士が絶妙な空気感で配置されていて、誰も各人をじろじろと眺めたり、詮索したりしない。大きな声でゴシップを話す人もいない。前髪の脂ぎった、いちゃいちゃの激しいカップルもいない。舌打ちをするおじさんもいない。ただそれぞれが、他人との境界線をふんわりと守っている。そして自分が誰であるかを忘れているかのような、ゆるみ切った表情をしている。ぼーっと、安定感のあるラクダに乗って砂漠を旅しているかのような表情。みんなが車両のその空気に包まれることによって、ようやく自分の輪郭というものを手にしているかのような、そんな感じである。

 

会社では高い役職をもっている人でも、はたまたフリーターであっても、ただまんだらけに行ってきたニートの人であっても、さっきまで会社で後輩をいびっていた女性社員であっても、育児が本気でめんどくさくなってきている主婦の人であっても、実は25世紀から来ている人であっても、それはその車両では何も意味をなさない。ただ「そこにいる人」としてただそこにいるのみである。そのときわたしも何者でもない。

 

そういうとき、自分に起こったすべてのことがとても遠く感じる。今朝床に落ちてるコーヒー豆を虫だと思って一人でビビり倒したこと、原宿で知らない人に頼まれて写真を撮ったこと、親族に莫大な借金があったこと、足の小指の爪が割れたこと、恋人からもらった手紙が素晴らしかったこと、生まれたこと。スケール大小のさまざまな出来事が自分から切り離されて遠くに行き、どれも等しく極小になる。なんの星座も作らないカスのような星になる。

 

その車両にいるわたしは同じ身体で体験してきたすべてのことを自分のことだと思えない。「女子大生」「アルバイト」「○○さん」「○○ちゃん」「年齢オブジョイトイさん」、すべての肩書きがはぎ取られてただのそこにいる人でしかない。それはまわりの他人も同じである。こんな車両にいて、課長でいられるわけがない。

 

そしてそれはびっくりするほど心地いい。

 

この社会では一貫した「自分」を持たないとやってられないのだと思う。でもそれはすごくキッツい。

 

「積み上げてきた経験」とか、「あの頃の自分がいたから今の自分がある」とか、情熱的な人は言う。彼らの人生というか成長物語は、切る度に顔がイケメンになっていく金太郎飴のようなものである。同じ顔ではあるけど、徐々にアハ体験的にイケメンになっていく。確実に成長していく。一貫した「自分」をもっている、あるいはもっていると思っているひとにはこうした成長があるのだ。

 

一方でわたしの人生は切っても切っても同じ顔が出てこない金太郎飴のようなものなのだと思う。その細長い飴は自分のこの身体だとして、それは揺るぎなくいつも在るんだけど、切ったときに出現する顔はいつも違う。カニエ・ウェストが出たあとに数千回切ると岡本夏生などが出てくるかもしれない。さっき考えていたことがもうつまらない。さっき嫌いだったことがもうおもしろい。さっきやっていたことも明日やるとは限らない。よって成長はない。

 

そんなめちゃくちゃで怠惰な金太郎飴でも、切られずに、断片を見せずにそのままゴロンと存在していられるのがそんな車両なのである。ここにいる誰も、わたしの断片を知らない。興味もない。見せる必要もない。だから心地いい。そして無数に存在する自分のあらゆる顔なんて、心底どうでもいい。どれもみんな遠く感じる。どうせ薄っすいスライスの顔である。

 

ほら、みんな円柱型の色とりどりの金太郎飴に見えてきた。金太郎飴が座ったり、つり革につかまったりしている。切ればどんな顔が出てくるかをお互い探り合おうともしない。

 

あれ、これってみんな死んでるんじゃない?ひょっとしてこれ、銀河鉄道なんじゃない?わたしの地元のセンパイ、宮沢賢治は「死者しか乗れない列車が銀河空間を縦横無尽に旅する」というぶっ飛び設定を100年前に思いついた変態の人なんだけど、センパイがいってたやつってこれなんすかね。

 

目黒線の元住吉と武蔵小杉の間に差し掛かると、グッとレールの高さが上がって電車が浮き上がるような感覚がする場所がある。このときわたしは「いよいよ離陸か?????」と思う。社会から隔離された金太郎飴たちを乗せて、東急目黒線は夕焼けの空に飛び立ち、銀河空間へ飛び出していく。ああもう街の灯りがあんなに遠くまで。もうずっとこのまま居られたら。

 

「○○ステーション、○○ステーション」

 

わたしは黙って電車を降りる。